野崎歓さんのお話

青春時代の思い出の地、逗子を最後に、1週間の営業活動を終えた。
まだ来週の月曜日に千葉に行かなくてはならないが、とりあえず5日間連続のメインイベントを終え、ほっとしている。


六本木のABCで行われた野崎歓さんのミニトークショーから、だいぶ日が経ってしまった。
最初タイトルに「野崎歓ミニトークショー」と書いたのだけれど、
なんだかイメージが合わなくて、「野崎歓さんのお話」に書き換えた。
トークショー」というより、「お話し会」という感じ、くつろいだ雰囲気の40分間だった。


開始30分ほど前にABCに到着し、サイン用に野崎さんの新刊を購入。3500円なり。
ううう、でも、野崎さんにサインをしていただけるのなら、高くない、高くない。
野崎さんはいつものように、少しだけはにかんだような、困ったような表情で話し始める。
全体の3分の2くらいが、古典新訳文庫で訳すことになっているという、スタンダール赤と黒』の話。
せっかくの新刊刊行記念のイベントなのに、『われわれはみな外国人である』の話をほとんどしない。
そこがまた、野崎さんらしい。
赤と黒』の話をしているうちに、野崎さんはどんどん雄弁になる。
若いころ、どんなふうに『赤と黒』に夢中になったか、
そして今、翻訳をするために読み返してどんな発見があったか。
会場にいた人はおそらく全員、この野崎訳『赤と黒』は、ぜったいに、ぜったいに読まなくては、と思ったに違いない。


だいたい私は、本の話を夢中になってする男の人にめっぽう弱いのだ。
こういう男の人はたいてい、あらすじだけでなく細部を力説する。
その小説に出てくる町の地形だの、主人公が借りたアパートの部屋のつくりだの、影のうすい主人公の子どもの行方だの……。
(最後の例が、野崎さんが先日、力説していた話です)
このときたぶんこの男の人は、聞いている相手がどう思うかということはどうでもよくなっていて、
とにかく自分がその小説をどんなふうに読んで、どんなふうに夢中になって、そのことを話したいんだ、話したいんだ、話したいんだー、
という思いがビシビシ伝わってきて、
どうもわたしはこういう男の人の、聞き手不在の自分勝手な感じに、ぽーっとのぼせてしまうらしい。


おっと、話が脱線してしまった。それで、野崎さんだけれども、
このときのお話の中でわたしが一番印象に残っているのは、
野崎さんが「フランス語を学んで良かったと思うのは、やっぱりフランス語で書かれた小説を読んでいるときです」
と言っていたこと。
当たり前のような話だけれども、最近、外国の文化に触れたいとか、コミュニケーションのツールとして語学を学びたいとかいう話ばかり聞いているせいもあって、
野崎さんのこのことばはとても新鮮な感じがしたし、「はい、(レベルは全然違いますけど、気持ちは)同じです」と、手をあげたくなった。
わたしもせっかく、ふつうのペーパーバックなら辞書なしで読めるくらいには英語を勉強してきたのだから、
そうだ、ペーパーバックを読もう、「積読」状態になっている、George Eliot の The Mill on the Floss に再挑戦だ!
などと意気込んで帰宅したのだった。(……結局、意気込みだけで終わりました……)


40分はあっという間にすぎて、サイン会へ突入。
野崎さんのお話を聞くのは今回でたしか4回目なのだけれど、サイン会が設定されるのは初めてで、
卒業式の日に憧れの先輩の制服のボタンをもらいに行くような気分でサインの列に並ぶ。
もちろん、自分ごときは第二ボタンはもらえないのだけれども、それでもひとことかふたこと、
「ずっと憧れてました」とか、「卒業してもまた遊びにきてください」とか、話しかけてみたいもの。
列の前の人たちを見ると、人数がそれほど多くなかったこともあり、野崎さんは結構ひとりひとりと話をしている様子。
わたしの後ろの人が、係の人に「名刺を渡します」と言っているのが聞こえて、
一応出版社の名前が入っている自分の名刺を、思い切って渡してみることにする(ちょっと印象に残るかもしれないから!)
でもやっぱり、あんまり翻訳出版とか関係ないし、名刺を出してから恥ずかしくなって、
「あの、これ会社の名刺ですけど、仕事と関係なく、あの、個人的にファンなんです……」などと、
さらに恥ずかしいことを口走ってしまった。うう、アイドルタレントのサイン会じゃないんだから、
何かもっとこう、知的なことを言えないのか。
「早稲田のエクステンションセンターの講義とか、大江健三郎の講演会とか、行きました」
……って、うう、まずい、これじゃまるでストーカーみたい……。
「古典新訳文庫のスタンダール、楽しみにしてます」と、やっとまともなことが言えた。
野崎さんはやさしくて、なんと、「そうですか、ありがとうございます、それじゃ今度こういうイベントがあるときは、
お誘いしてもいいですか」と言ってくれたのだ! きゃあ〜。


われわれはみな外国人である―翻訳文学という日本文学 (五柳叢書)

われわれはみな外国人である―翻訳文学という日本文学 (五柳叢書)

枕元に置いて、寝る前に拾い読みしている。