信頼関係をベースに——印刷会社を決める

少し日があいてしまったけれど、印刷会社のことを書く。先日書いたように、わたしたちの前職はたまたまグループ会社の印刷会社があったので、ほかの印刷会社のことをあまり知らない。皆さんが必ずとる、と言っている「あいみつ」というやつも、ほとんどとったことがなかった。

 

前職の最後の1年は学習参考書や教材編集の部署にいて、共通テスト対策の問題集などをつくっていたのだけれど、学校の先生方のご要望にこたえて、バラ解答(問題集の解答編を、模試っぽく使えるように、問題ごと、一人ずつに配れるようにしたもの)を用意することになり、グループの印刷会社は対応に難色を示して高額の見積もりを出してきたため、急遽、外部の会社に「あいみつ」というやつをとった。結果、低い金額の見積もりを出してきた外部の会社に印刷・製本を依頼。作業じたいは大変スムーズに仕事は進み、印刷・製本の流れという意味では、ほとんどストレスはなかった。ただ、決まるまでにさまざまなケースを想定し、何時間もかけて膨大な試算をしたわりに、節約できた金額は微々たるもので、その後、「バラ解答」の注文もごく少数だったと聞いた。わたし自身はものすごく忙しい時期に、膨大な時間をとられた。しばらく頭の中が「バラ解答」でいっぱいだった、という苦い思い出がある。「あいみつ」をとることで、得るものもあれば失うものもある、というのがこのときの教訓。

 

とはいえ、新しくはじめた出版社の印刷・製本をどこにお願いすればよいのか、どうやって決めたらいいのか。こういうことは、まず口コミ。小規模・少部数の出版社の人たちに取材して、具体的な会社名をあげてもらった。すると、複数の人が名前をあげる印刷会社がいくつか出てきた。次に自分たちの本棚からランダムに本を抜き出し、奥付の印刷会社名をチェック。なるほど。小規模・少部数の出版社を得意とする印刷会社が複数あるらしい。相談にのってくれた人たちの意見は、これらの中から三社くらいを選んであいみつをとり、比較して決めたらよい、というもの。

 

問題の「あいみつ」だ。なーんとなく、気がひける。んなことを言ってる場合じゃないし、先方は慣れているから、比較して落選?したって気にしないよ、と皆、口々に言う。でも。「比較しておたくより安くて対応がよさそうなところがあったのでそっちに決めました」(大意)なんてことを言わなくちゃいけないのか。つらい。ぐずぐずしているうちに、どんどん日が経ってしまって、もうほんとうに決めなければ、という事態に至り、ようやく二社に見積もりを依頼した。相談した人たちの口コミ、奥付の調査、会社HPの内容などを総合して、この二社ならどちらに決まっても悔いはない。

 

さて、見積もりが出てきた。ここまでの対応は、どちらもスピーディで感じよく、どちらがよいとも悪いとも言えない。そしてなんと、見積もりの金額も、ほとんど差異がない。なんだよー、これじゃあ決められない。比較をしてどちらかに決めるための決め手がない。(ぱっと見て、どっちも高い、と思ったけど、それはまた、別の問題……)結局、用紙代を少しだけ安く見積もっていた会社のほうに、お願いすることにした。両方にメールを書く。断るほうのメールはやっぱり時間がかかってしまう。いや、こういうのは事務的に書けばいい、そんなことはわかっているのだけれど、わたしは苦手なのだ。(もちろん、先方からは「また機会があればよろしくねー」的な感じの簡単なお返事がきた。)

 

毎回毎回、こんなふうにあいみつをとって神経をすりへらすのはいやだ。会社の規模的にも、わたしたちの性格的にも、税理士さんやデザイナーさん、印刷会社さんなど、いっしょにはたらく人たちとは一蓮托生で、お互いにベストを尽くします、という信頼関係をベースに進めるほうが、最終的にはプラスなのではないか、という思いがある。これが正しいかどうかはわからない。でもとりあえず、いまは、この方針でいくことに決めた。

 

というわけで、これからずっとお世話になる印刷会社。正式に決定する前に、一度お会いしましょう、ということになり、ふたりで印刷会社に訪れた。社長さんが対応してくれて、社内を案内してくれた。こういう場面では同居人が力を発揮する。わたしにはよくわからない昔の印刷技術の話や、印刷職人のすご技の話などで、社長さんと盛り上がっている。ふたりとも楽しそうなので、この会社に決めてだいじょうぶなんじゃないかな、と思った。

 

その後、契約書をかわし、用紙の選定や装幀の相談、PDF入稿、校正、下版まで、社長さんが面倒をみてくれた。そこから担当の営業さんに引き継ぎとなったけれども、引き継ぎもとてもスムーズで、担当のFさんは納品までに何度も指定場所へ足を運んでくれた。何より嬉しかったのは、少しでも早く見本を見たいだろうから、と言って、三鷹のわたしたちの仕事場まで、納品日の3日前に2冊だけ、見本を届けてくれたこと。あいみつが苦手とか、直接届けてもらって感激とか、なんとまあ、昭和な仕事観、といわれるかもしれない。ただ、わたしはこれまでもこういう価値観で仕事をしてきたのだし、それで大きな失敗をしたこともない。もちろん、大成功したとか大もうけしたとかいう話とはまったく無縁な人生ではあったけれども、そういったことを求めているわけでもないので、当面、こんなふうに進めていくことになるのだと思う。

 

印刷会社が決まったのは、7月末。10月PDF入稿、12月刊行、というざっくりとした日程が決まった。残るは最大の難関、流通を決めなくてはいけない。出版社経営のバイブル、宮後優子さんの本では、いちばん最初に流通をどうするかを決めよ、と書いてあり、宮後さん自身も本の進行を進める前に、流通についてあちこちに相談に行っている。これはヤバい。わたしたちは二人とも、最も苦手というか、経験も知識もない部分。だからこそ、早めに着手しなくてはいけないのに、苦手意識からどうしても後回しになってしまったのだ。でももういよいよタイムリミット。この夏の間に、流通をどうするかを決める。

 

今日はここまで。流通の話はたぶん明日。