ノンフィクションとミュージカル映画

ほとんど月イチ更新となりつつあるブログ。10月は後半も引き続き、講演会などに出席する機会が多く、あわただしく過ごした。そのせいか、読書のほうはあまり進まず、古典新訳文庫のロレンスを相変わらず読書中。合間に読んだノンフィクションが3冊。

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

信じない人のための〈宗教〉講義

信じない人のための〈宗教〉講義

最初の1冊は、自分よりひとまわり以上下の世代の女性たちの働きにくさを話題にした本。職場にはこの世代の女性が多いので、彼女たちの本音を理解するのによさそう、と思って即購入して読み始めたのだけれど、うーん、わたしにはいまひとつぴんとこなかった。というか、自分は著者の言うところの「均等法世代」なのだけれど、最後まで読んでも、漠然とした違和感はやはり消えることはなかった。ただ、この本に書かれているようなことを、知識として知っているだけでも、意味はあるのかもしれない、とも思う。


あとの2冊はどちらも、読み終わって「読んでよかった!」と思った本。『九月、…』のほうは、自宅近くの千歳烏山が出てくる、という軽い興味で買ったのだけれど、とても面白かった。学術的な本ではないし、センセーショナルに誰かを弾劾する本でもなく、でも、タイトルどおり、その九月、わたしたちの住むこの東京の路上で、そのようなことが本当にあったんだ、ということを、のほほんと暮らしているわたしに、つきつけてくる。歴史や差別の問題の知識がなくても読めるし、著者がとても「普通」な感じのところがとてもいい。重いテーマだからといって、必ずしも難しい顔をした本にしなくてもいいんだな、と思った。


最後の1冊も、とりあげているテーマの広がり・重さに対して、よくぞここまでかみくだき、わかりやすく、軽妙に説明したものだと、読み終えたときには思わず拍手したくなるくらい、みごとな啓蒙書。仕事上の必要から手に取った本なのだけれど、タイトルにある「信じない人」である私にとって、今まさに読むべき1冊、なのだった。特定の宗教を信仰しているかどうかにかかわらず、宗教についての基本的な知識は、誰もがもっているべきなんじゃないか、と思った。どれが正しいと決めつけたり、どれを信じろと強制することなく、それぞれの宗教の歴史や教えや決まりごとを知識として身につけるような宗教教育ができたら、「道徳」の授業なんかよりずっと意味があるような気もするんだけど、どうだろうねえ。わたしは高校まで公立で、大学も無宗教なので、宗教系の中学校・高校の「宗教」の授業の実態とか全然わからないんだけど、やっぱり特定の宗教の教義を勉強するものなんだろうね。(そういえば、教員免許取得のために通信教育を受けた大学が仏教系だった。必修科目の中に、「仏教」というのがあったような気がする。うろおぼえだけど…)


今日は神保町のブックフェスティバルに行くつもりだったんだけど、雨だったので明日に延期。WOWWOWでたまたまやっていた「マイ・フェア・レディ」を観た。これが、めちゃくちゃ面白くて、しまった、こんなに面白いものを、なぜこれまで観なかったのかと後悔した。先日観た「メリー・ポピンズ」も同様。どうも、ミュージカル映画というのが食わずぎらいだったようで、どちらも名作の誉れ高いのに、なんとなく敬遠してしまったらしい。「マイ・フェア・レディ」は最初の部分を見逃してしまったので、今度は最初から、なるべく字幕に頼らずに観てみたい。


それにしても、わたしが大学生だった頃にくらべると、いまは英語学習のための環境がずいぶん整っているなあ、と思う。その気になれば一日中、日本にいながらにして英語のテレビ・映画だけを見続けることができる。しかも英語字幕にしたり、字幕なしにしたりといった切り替えもし放題。パソコンを開けばニュースをはじめ、あらゆる趣味・関心の英語サイトがあって、SNSで外国人と友だちになるのも簡単。すごいなー、と少しうらやましくなったりもするけど、いやいや、と考え直す。どんなに環境が整っていても、結局、自分自身が学ぼうとしないかぎり、力なんてつかないんだよねー。「聴いているだけで英語力がついた!」なんて嘘嘘。わたしが喋るほうはからきしだめだけど、読むほうはそこそこ自信があるのは、必要に迫られて大量の英文を読み続けた数年間があるから。これから老後の楽しみのためにも、英米の小説を原書で読み、英米の映画や芝居を字幕なしで味わえるようになりたいものだ。


仕事でも、以前よりは英語を読む機会が増えた(当たり前だ、以前の仕事は国語の教科書関係だから…)。先日、定年で退職された会社の先輩と話をする機会があった。あー、なぜもっと早くこの人の話を聞かなかったのか、と後悔。会社関係の人の口から、「TLS」「PW」なんて言葉が出てくるとは思わなかったからびっくりした。会社というソリッドな組織の中で自分のやりたいことをやりぬくのはそれなりに努力と工夫が必要だろうけど、ちゃんとやりぬいている人はいるんだな、というのが、退職した先輩方と話したときのわたしの印象。それらの人たちは、正直言ってわたしなんかより格段に頭がよくて、「切れ者!」って感じなんだけど、それはそれとして、わたしには試行錯誤の(and 波瀾万丈の)数十年に培った人脈がある、というのを武器に、会社員としての責務をまっとうしつつ、いろいろ挑戦してみようと思う。