何事も直感で勝負? 流通を決める

まただいぶ間があいてしまった。いよいよ最大の難関、流通について書く。中規模の版元の編集者だったわたしたちは、本ができあがってから先、印刷(または製本所)から倉庫へ、そこから取次へ、書店へ、といった流れについて、多少の知識はあるものの、ほとんど素人と言っていい状態だ。そのことは会社設立当初から自覚していて、営業販売について、アドバイザー的な人がいたらいいね、とずっと話していた。

 

そんなわけで、小規模出版社の人や出版社経営の経験のある方に話を聞くときは、必ず、流通どうやって決めましたか、とうかがっていた。そもそも、取次制度とは何ぞや、というところから、結構説明が難しい。ひとことで言えば、出版社と個々の書店をつなぐ仲介人のようなもの。出版社は取次に、定価の何割か(だいたい6割から7割のあいだ)で卸して、取次は何%かのマージンをとって書店に卸す。この卸率というのが一律ではなくて、新しい出版社は低く抑えられ、老舗ほど有利、というのが出版界のおそろしいところ。ちなみにわたしたちの前職はいわゆる老舗出版社なので、68%〜72%で卸していたのではないかと思う。新しいところは、そもそも取次が扱ってくれないよ、とか、扱ったとしても50とか言われるよ、とか、いろいろなことがまことしやかにささやかれていた。(これらの噂が真実かどうかは、検証・調査したわけではないのでわからない。)

 

相談した方々のアドバイスを総合すると、

1)大手取次はやはりハードルが高い。チャレンジするなら相当な準備が必要。

2)神田村の小規模な取次は扱ってくれる可能性あり。紹介者などがいるとより話はスムーズ。

3)最近新しくできた出版社は取次ではなく「トランスビュー方式」という直販を使っているところが多い。

4)amazonなどのネット書店には、取次・トランスビュー方式どちらの場合でも扱える。ただし、多少の制約があるので、amazonを重要視するなら「e託」というamazonのシステムが効率的。ただし、卸率は一律60%。

といったところ。わたしたちは当初、「トランスビュー方式」に関心をもちながらも、なんとなくよそ者は入りにくいのではないかとか、若者が多くて浮くんじゃないかとか、あれこれ考えて決めかねていた。それで、前職で多少なじみのあった神田村の八木書店さんに、まずは相談してみよう、と思ってメールを書いたのが、7月の中旬頃だったと思う。すぐにお返事がきて、刊行計画書を出してください、とのこと。『オリンピア』のほかには正式に決まっているものはなかったけれど、いくつか「案」はあったので、それらを並べてなんとか「刊行計画書」を作り、送信した。なお、このとき八木書店さんからは、年に4冊程度、コンスタントに刊行することが望ましい、ということを言われた。なるほど。このとき、ふたりでわあわあ相談しながら、年に4冊程度の「刊行計画書」を作ったことは、自分たちがぼんやり考えていた「やりたいこと」を目に見える形にする、という点で、とても意味があったと思う。出版社をつくるということは、ある程度の覚悟が必要なんだな、ということも実感した。

 

このころ、デザイナーの宗利さんと話す機会があり、流通がまだ決まっていなくて、と言ったところ、宗利さんはぼそっと「トランスビューがいいんじゃない」とつぶやいた。このころまでには「トランスビュー方式」について、それなりに勉強は進めていた。トランスビュー方式について詳しく説明されているバイブルのような本(石橋毅史『まっ直ぐに本を売る』苦楽堂)があるのだけれど、内容が少し古いのと、絶版なので図書館で借りるしかないという側面があり、やっと入手して読了する頃には、ネットでの情報収集がだいぶ進んで、とにかく書店さんの実入りを確保したい、というその理念に心ひかれて、まずは話をききにいってみよう、という気持ちになっていた。

 

トランスビュー方式」は、これまた説明が難しい。でも簡単に言っちゃうと、自動配本をしない、書店からの注文にあわせて本の委託販売を仲介するシステム。本にもネット情報にもはっきりと書いてあるけど、経済面だけを言えば卸率は取次を利用する場合とあまり変わらない。出版社の側での「お得感」はあまりないのだ。じゃあ、どうしてトランスビュー方式は人気があるのか、そもそもトランスビューさんはどうやって利益をあげているのか、契約書店以外にも取次経由で納本できるってどういう意味なのか、amazonとの関係は、などなど、わからないことだらけ。とにかく話を聞きに行こう、とアポをとったのが、7月下旬の猛暑の午後。ふたりで人形町の事務所まで出かけていった。

 

事務所を辞して、人形町の駅へと向かう道を歩きながら、わたしたちの気持ちは決まっていた。いろいろな人が本やネットで書いているから、書いてしまって問題ないと思うのだが、システムや金額がどうこうではなく、決め手は社長の工藤さんのお人柄だった。正直なところ、システムと金額は複雑すぎて半分くらいしか理解できていなかった。今でもまだちょっと茫漠としている部分があるくらいだ。でも、とにかくわたしたちは二人ともほぼ同時に、この人といっしょにお仕事をしたい、と直感したのだ。それを信じてみよう。帰宅してすぐ、「お願いします」とメールを書いた。「トランスビュー方式」はほかの取次さんと併用もできる。けれども、わたしたちはできるだけシンプルなほうがよいと考えて、当面は、トランスビューさん扱いにしぼることにした。amazonのe託も使わない。

 

この判断が正しかったかどうかは、まあ、これからだ。ただ、校了から見本出来、倉庫搬入、書店さんへの予約注文FAX出し、受注、そして予約分の発送、まで終わった今、ふりかえると、トランスビューさんにお世話にならなかったら、とてもこなすことはできなかった、とあらためて思う。うまく言えないのだけれど、手作り感とIT化のバランスが自分にはちょうどいい。1冊1冊の注文がすべて相手先の姿が見える形で入ってくるという感興と、それらの注文に(こちらから見ると)自動的に応える形で本が出庫されていくという快適さ。(もちろん、人の手でオンライン入力したり、クリックポストの用意をしたり、といった作業をしているのだということを忘れてはいけない。)

 

そして先日は、チラシの発送作業とそのあとの飲み会にふたりで初参加した。作業も飲み会も思っていた以上に楽しくて、いろいろな話が聞ける。出版業のいいところは、同業他社が競合にならないということで(教科書とか辞書とかは別)、わからないことや困っていることがあったら、相談すればだれもが親切に応対してくれる。発送作業に行く前に抱えていた疑問や不安は、数時間の作業&飲み会ですべて解決してしまった。そこでは退職以来、ほとんど接点がなくなってしまった若い人たちとの交流もあり、この人たちといっしょにいると、出版界の未来もそう悲観したものでもないかも、と思えてくるのだった。

 

この会でわたしは、「書店営業って、こんにちはー、って入っていって、レジにいる人に話しかけていいのかしら」と言って、失笑された。「こんにちはー」はOK。「レジにいる人に話しかける」がNGだ。正解は、「目指すジャンルの棚の本を抜き差ししている人に話しかける」だった。土日や夕方の繁忙時は避けて、平日の午後2時〜3時頃、お店がすいているときに行け。とにかく相手の迷惑にならないように注意。いきなり新規開拓をねらうのではなく、まずは1冊でも注文を入れてくれたところに挨拶に行くほうがハードルが低い。等々。貴重なアドバイスをいっぱいもらった。けど、まだ実行に移せていない。

 

税理士さん、デザイナーさん、印刷会社さん、流通会社さん。いずれの場合も、結局は直感というか、「この人といっしょに仕事をしたい」と思うかどうかで、すべて決めてきた気がする。小規模の家族経営だからこその決め方と言えるのかもしれない。次にどんな本を作るのか、どんな仕事を引き受け、どんな仕事を断り、どんなふうに自分たちの生活とバランスをとっていくか。還暦間際での起業ならではの課題もあれば、有利な点もある。ともあれ、「最初の1冊」の発売日まで、あと5日。週末の朝日カルチャーのトークイベントでは、先行販売もある。トークイベントは不安でいっぱいだけれど、本をたくさんの方にお披露目するのはめちゃくちゃ楽しみだー。