ふたり出版社をつくる

ほぼ1年がかりでやっていた前職の請負仕事が終わり、しばらくぼんやりしていた。退職してからずっと途切れることなく、前職のふたつの編集部から仕事を請け負っていた。どちらも苦楽をともにした仲間からの依頼だし、企画段階で多少なりともかかわった仕事だったので、在職時同様、もしかしたら在職時以上にがんばって作業をしてきた。いろいろ大変なこともあったけれど、すべて終わった今、大きな充実感と安堵感、少しだけ寂しいような気持ちに包まれている。

ありがたいことに退職後すぐ、前職以外の複数の版元さんからも声をかけていただき、いくつか編集の仕事のお手伝いをしてきた。そのうちのいくつかは本になって世の中に出ていき、今も進行中の本も何冊もある。どれも独立したからこそ受けられるような、自分の興味関心ど真ん中の仕事ばかりで、退屈だな、とか、面倒だな、とか感じたことがほとんどない。嫌な思いをしたことも、ほとんどない。(全くない、というわけではないけれど)

昨年の1月に個人事業主の届けを出して本格的に編集の請負仕事をはじめ、昨年の6月に同居人とふたりで編集プロダクションを設立した。個人事業主2名で活動するより、編集者2名で運営する株式会社にしたほうが、なにかと都合がいいかな、という気持ちが半分、あと半分は、ゆくゆくは出版社としての活動もしてみたい、という思惑があったからだ。

編集の請負仕事はそれぞれの前職の会社のほか、複数の版元さんとそれぞれ個別に仕事をしているので、時々相談したり、ピンチの時は単純作業を手伝ったりはしているけれど、個人事業主が2名所属している、という感じで、実は在職時と仕事の内容や毎日の生活はたいして変化がないような気もする。原稿を読んだり、指定をしたり、著者校正をしたり、ゲラに赤字を入れたり、索引をつくったり……。本(企画)ごとに本の内容はもちろん作業内容もいっしょに仕事をする相手も毎回違っているから、退屈することはないし、基本、自分で積極的に受けた仕事なので、これが楽しくないはずはない。複数の企画が重なってくるとややパニックになるけれど、それでも長年の編集の修羅場をくぐりぬけてきたノウハウがあるので、二人ともうわああああ、とか言いながら、たいていのことは乗り切っていける。(今日は同居人が、うわあああ、とか言いながら仕事場に自転車で向かっていった)

というわけで二人とも複数の請負仕事が現在進行形で、そこそこ忙しい。にもかかわらず、わたしたちはやっぱり、出版社としての活動に挑戦してみたい、と思っている。正直なことを言えば、なぜ出版活動をやってみたいのか、わたしは自分の気持ちがよくわからない。ひとり出版社の人たちの書いた本やウェブ記事などを読んでいると、ほとんどの人が高邁な理想や志があって、若く情熱とセンスにあふれているように思える。世の中にはおもしろそうな本があふれかえっていて、昨今は新しい出版社もどんどんできていて、ここへ自分たちが付け加えられることなんて、何もないんじゃないか、と思う日もある。いやいや、自分は編集者としてたいしたものにはなれなかったけれど、同居人のもっている知見やノウハウはやっぱり貴重なんじゃないか、それを埋もれさせるのはもったいないんじゃないか、と、他力本願ぎみになる日もある。

いろいろ考えていると、どうもわたしは出版活動をやることで、いろんな人とつながりをもって、いっしょにわいわいやりたいだけなんじゃないか、という気がしてきた。もちろん請負仕事でも、版元の担当者さんや著訳者、場合によってはデザイナーさんや校正者さんなどとも、「いっしょにお仕事をしている感」はある。でもやっぱり、企画から編集、宣伝、販売まで、全部自分たちでやる、となると、人とかかわる機会も密度もぐんと増える。それだけ気苦労も増えるだろうけれど、それを補ってあまりある楽しさ、おもしろさがある、と思っていて、そういう「人」に対する好奇心のようなものは、どうやら歳をとっても衰えることがないみたいだ。

このように考えているのはもちろんわたしひとりで、同居人がどんな気持ちでいるのかは正確にはわからない。言葉にしていることがすべてというわけではないと思うから、本当のところはわからない。でもまあ、出版社をやってみよう、というところでは一致していたので、ものすごーく大変だったり、身の程知らずにお金がかかったり、ということがなければ、やってみようかねえ、という感じ。

というわけで、いよいよISBN出版者コード取得の手続きに入ってみようと思っている。どんな本を出していくのか、という一番大事なことは、毎日少しずつふたりで話していて、それはそれでとても楽しい。HPも作りたい、インデザインも使えるようになりたい、と、夢は広がるけれど、実力と資力をかんがみて、自分たちにできることを地道に無理なくやっていこう。

なお、今のわたしのバイブルは、宮後優子『ひとり出版入門』。この本のいいところは、いろいろあるんだけど、何よりまず、懐が深いこと。出版業のよいところは、同業他社が必ずしもライバルにはならないところなので、そんなこともあるのかもしれないけれど、宮後さんのこの本を読んでいると、ライバルを出し抜こうというような姿勢は皆無で、みんなで出版界もりあげていきましょう!というオーラが出ていて好感がもてる。それから「はじめに」にあるように、「『この本を読んだら明日から出版社が始められる!』と、みなさんの背中を無責任に押すのではなく、むしろ『始める前によく考えて!』という願いをこめました。」という姿勢で書かれていること。そして何より、これだけ具体的に記述されているにもかかわらず、別にこれが絶対無二のやり方ってわけじゃないですよ、というオーラを随所で発しているところは素晴らしい。巻末に複数のひとり出版社の方々へのアンケートも掲載されていて、今わたしが知りたいこと、動き出すために必要な情報や考え方、心のもちようが、かなり網羅されている。なので今はこの本にどーんと乗っかり、ふたり出版社のはじめの一歩を歩き出そうと思う(ISBN出版者コード取得の方法も、当然丁寧に解説されている)。