どこへでも持ち歩きたい、本好きのための本——装幀の話

本の造本と装釘は、内容と同じくらい重要だ。実は編集の仕事をはじめる前は、本は中身がちゃんと読めれば表紙とかまあどうでもいいのでは?と思っていた。わたし美術は苦手だし、センスないし、みたいな感じ。でも実は、どうでもよくない。というか、どうでもよくなかった。造本や装釘は、わざわざ意識するかどうかと関係なく、本の内容とセットで読者に届けられているのだ。「表紙の好み」のようなわかりやすく目立つ部分だけでなく、むしろひっそりとプロの手によってしかけられている、店頭で読者の目をひきつける力とか、読んでいるときの安心感や緊張感、本の内容とのつき具合や離れ具合、などなど、わたしの貧弱な語彙ではとても説明できないんだけど、「スゴイ技」が仕込まれているということを知った。

 

前職ではたくさんの良い経験をさせてもらったが、中でもほんとうにありがたく幸運だったことに、たくさんの素晴らしいデザイナーさんとの出会いがある。検定教科書という大きなプロジェクトの末端プレーヤーだったため、入社早々、いわゆる大物デザイナーさんとのお仕事が続いた。最初は使いっ走りのような立場でデザイン事務所に通ううちに、デザイナーさんの仕事の仕方やデザイン哲学のようなものに触れる機会がだんだん増えてきて、誌面や表紙のデザインについて、多少は自分の意見らしきものも述べるようになった。編集者として年を重ねるうちに、担当する書名にあわせて自分でデザイナーさんをさがしてきて依頼をする機会もでてきて、おつきあいするデザイナーさんの人数も増えた。どのデザイナーさんも、最初にお会いするときは死ぬほど緊張した。けど、本ができあがったときには、ともに大きな仕事を成し遂げた「同志」みたいな感じがして(だいぶ図々しいけど)、「できましたー!」と喜々として見本をお届けしたものだった。

 

ああ、前置きが長くなってしまった。そういうわけで、『オリンピア』の造本・装幀をお願いするデザイナーさんを決めなくてはいけない。『オリンピア』単体で考えるのか、それとも、弊社の本は基本的にこの方にお願いすると決めて、ブランドイメージを作っていったほうがよいか。私たちはそれぞれ前職で、本ごとにぴったりのデザイナーさんを選ぶ、という形で仕事をしてきていたから、そうしたやり方に違和感はまったくない。ただ、なにしろ編集者2名だけの極小出版社だし、作ろうとしている本のジャンルもごく限られているので、特定のデザイナーさんといっしょに、一冊ずつ会社のイメージを作っていくというのも面白いんじゃないかな、と考えた。

 

さて、どなたにお願いしようか。我が社は翻訳小説や文学関係の専門書を出していく予定だから、そういったジャンルの装幀を得意としている方がいい。これまでの経験から、自分たちの好みとのつき具合・離れ具合もとても重要。もちろん好みにあっていて、「いいなあ」と感じるデザイナーさんを選ぶのだけれど、どこかひっかりというか、こちらの予想をはずしてくれるようなデザイナーさんのほうが、本に意外な輝きを与えてくれて、1+1が2以上になる可能性を秘めている。

 

最初は、私たちが中高年なので、思い切ってうんと若い方にお願いしたらどうか、とも考えた。私たちがまったく思いつきもしないような提案をしてくれる可能性もある。でも、いろいろな人の話をきいて、たくさんのHPをみて、書店の棚を(いつもとは違う目的で)うろうろした末に、やっぱりずっと以前から、わたしたちが大好きだったデザイナーさんにお願いしてみよう、という結論に達した。宗利淳一さん。わたしたちがこれから出していこうとしている、翻訳小説や文学関係の専門書にぴったりだ。

 

予想どおり、宗利さんには時々、いや、しばしばびっくりさせられる。最初のびっくりは『オリンピア』の判型だった。通常の四六判、並製か上製か、と当たり前のように考えていただけれど、宗利さんからはA5変形、という提案がきた。ペーパーバックのようにやや縦長の判型で、軽く上品な造本にする、電車の中や公園や海辺、喫茶店など、どこへでも持ち歩いて好きなところで気軽に読書を楽しむ、本好き、小説好きのための本。今でこそ自信をもって、この造本装幀の魅力を語ることができるけれど、最初に寸法を聞いたときは、あわてて自宅の本棚を捜索し、同じ判型の本を探した。本の雑誌社から出ている、クラフト・エヴィング商會の装幀の本があった!うん、いい感じ。それから何度か、びっくりさせられたり、喜んだりしながら(がっかりすることは一度もなかった)、『オリンピア』は徐々に形になっていった。

 

それにしても、そうした洒落たアイディアは、紙代や印刷費が高くつくのではないか。次に超えなければいけないハードルは、印刷会社の決定だ。偶然だけれどわたしたちの前職の出版社はいずれもグループ会社の印刷所をもっており、外部の印刷会社のことは二人とも何も知らない。印刷会社を決めるまでのいきさつは、次回。