文学×翻訳×語学

昨夜、池袋ジュンク堂で行われた、斎藤兆史×野崎歓対談「翻訳のたのしみ」に行ってきた。
このふたりの組み合わせについては、以前『英語のたくらみ、フランス語のたわむれ』を読み終えたときに、
感想を書いたけれども(2007年3月17日の記事)、
今回の対談は、そのときの印象が間違っていなかったことを確認するような場となった。


印象に残ったのは、斎藤さんがご自身の仕事について、
以前は文学と翻訳と語学の三つが、きれいな正三角形を描いていたのだけれど、
最近は文学が減ってきて、いびつな三角形になってきている、というようなことを話し、
それに対して野崎さんは、駒場から本郷にうつって、文学の部分が増えてきた、とこたえていたこと。
それについて、お互いに相手の大変さをねぎらったりはしているのだけれど、
結局のところお二人とも、自分がほんとうにやりたいことのほうに向かっている、ただそれだけなんじゃないかなあ、
と、聴きながら思った。


斎藤さんの新刊『翻訳の作法』を、野崎さんは中に出てくるEXERCISEを解きながら読んだそうで、
「英語に限らずほかの言語でも、文芸翻訳に興味のある人にはぜったいに役に立ちます」とおすすめしていた。
たしかにそうかもしれない。
斎藤さんは対談でも、「翻訳の技術というのは、ある程度は理屈で教えられるもの(学べるもの)だ」と言っていて、
この本はまさにその「理屈で教えられる(学べる)」ことを、わかりやすく、例文をあげて(この例文がまた高級なんだな〜)説明している、
「文芸翻訳1年生」にとっては格好の「教科書」であることはまちがいない。

翻訳の作法

翻訳の作法


一方で野崎さんは、古典新訳文庫『赤と黒』の翻訳の話をしたのだけれど、
スタンダールの呪いにかかった、とか、スタンダールを「いま、息をしていることば」に訳していくことへの葛藤だとか、
「文芸翻訳1年生」にはなんとなく想像はできても、ほんとうのところはわからないんじゃないかなーと思うような内容だった。
赤と黒」のような大古典でなくても、あるいはいわゆる「文学作品」でなくても、
本を一冊、出版を前提にしてまるまる訳すというのは、やっぱりものすごいプレッシャーをともなう作業で、
大学の翻訳の授業や翻訳学校の宿題で数ページの短篇を訳して提出する、というのとは、全然違っているように思う。
そんなにつらいのに、まったく儲からないのに、なぜ文芸翻訳なんてやるのか?といえば、
やっぱり「ものすごくおもしろいから」なんだろうな。


でも二人が共通して言っていたのは、
「地味なようだけれど、テキストを一言一句、丁寧に読んでいくことこそ、翻訳のたのしみであり、文学のやりかたなのだ」ということで、
こういう話をきいてしまうとわたしは、以前もブログに書いたように、「はい、どこまでもついていきます!!」という気分になってしまったのだった。


今回のトークショーは定員40名ということで、会場がものすごく狭かったため、開始後5分くらいは、なんだか落ち着かなかった。
これは、悪い意味で書いているのではない。あの、(憧れの)野崎さんが、目の前に(もう、手を伸ばしたらさわれそうなところに!)いるのだ。
こんな至近距離で、あんまりじいーっと見つめたら失礼だろうし、かといってあまりに近いので、ずっと下を向いているのも寝ているみたいで失礼かな、
などと、勝手にあれこれ考えて、しばらく落ち着かなかったのだ。
(もちろん、対談がはじまってしばらくしたら、話の内容のほうに集中して、余計なことは考えなかったケド……)


対談終了後、今回もすかさず、サインの列へ。
斎藤さんも野崎さんも、とってもやさしくて、少しずつだけれど全員とお話をしながらサインをしてくれた。
会のあとはブログで知り合った20代の文学青年と居酒屋へ。
将来はフリーランスで翻訳の仕事をしたい、できればいつかは文芸翻訳もやりたい、と語る青年の姿に、15年前の自分の姿がだぶる。
わたしの「文学×翻訳×語学」の三角形は、これからどんな形になるのかな。


ちなみに、今回のトークショーでへえ、と思ったことをいくつか。
1)野崎訳『赤と黒』には、亀山訳『カラマーゾフの兄弟』とまったく同じ一行があるそうだ。
よーし、これから『赤と黒』を読むので、見つけてやるゾ。
2)ロッジ『小説の技法』の翻訳は斎藤さんと柴田元幸氏の共訳だけれども、
その中で斎藤さんが訳したThe Catcher in the Rye の冒頭を、柴田さんがとてもいいと褒めてくれた、とのこと。
その部分、『翻訳の作法』の中にも引用されており(112ページ〜113ページに、野崎孝訳、村上春樹訳と並んで、斎藤さんの訳が載っている)、
野崎さんもこれを読み、「ほかのだれよりもうまいと思った」と絶賛。


さきほど、スティーブンスン『新アラビア夜話』を読了。

新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)

新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)

感想を書きたいのだけれど、夕食の買い物に出かけなくてはいけないので、とりあえず今日はここまで。