「男前」な女のネイルアート

先日、高校時代のテニス部の後輩と数年ぶりで会った。一つ年下の彼女がわたしにとって「後輩」だったのは、現役時代の数年だけで、卒業後はずっと、形だけはわたしが「先輩」ではあったけれど、人間の格というか、懐の深さや思慮深さにおいてはどう考えても彼女のほうが先輩だった。たまたま父親同士が知り合いで似たような家庭環境に育ったということもあり、姉妹のような関係(もちろん、私が妹役である)で、長い時間をともに過ごしてきたのだけれど、ここ数年はお互いに公私ともに忙しく、ほとんど会う機会もなかった。


そんな彼女と久しぶりに会うとあって、わたしは少し緊張していた。日程の調整からお店の選択・予約まで、仕切ってくれたのはもちろん、「後輩」である彼女だ。待ち合わせの5分前には待ち合わせ場所に着いて、わたしを待ってくれた彼女は、40代後半とは思えぬ若さと、大会社の部長をつとめるエリートの貫禄をあわせもった、かっこいい大人の女性だった。店に入って最初に眼に入ったのは、みごとなネイルアートが施された彼女の指先。わたしたちは基本的に汗と泥と涙にまみれたつきあいをしてきたので、意外にほっそりとした彼女の指ときれいに伸ばした爪、どう見てもプロがやったとしか思えないネイルアートは、なんというか、わたしにとっては、衝撃的だったのだ。


プライバシーにかかわるので詳述はしないが、家族のことや仕事のこと、過去のことや将来のことなど、時間を忘れてしゃべりにしゃべった。一軒目を出たときには「まだ十分の一くらいしかしゃべってないよね」と言い、二軒目を出て互いに帰途につくときには、「まだ三分の一くらいだよね」と言い合った。お互いに決して平坦とは言えない人生を歩んできたけれど、物事の対処の仕方が二人とも全く変わっていないのがおかしくて、ずいぶん笑った。聡明で前向きな彼女が、なぜわたしのような情緒的でミスの多い人間とつきあってくれているのかよくわからないが、たぶんそれを訊ねたら彼女はきっと、「そりゃ、先輩だからでしょう」と言うだろう。


彼女と話をしていて、最近はメンタルヘルス不全やDV問題が身近にものすごく増えたんじゃないか、ということが話題になった。「実質的に増えたのか、今まで隠れていたのが表に出てきただけなのか、どちらなんだろうね」と話したのだけれど、わたしは前者のような気がしている。組織の中で働いていれば、そりゃあ、なかなか思うようにいかないことも多いよね、と何気なく口にしたら、「まり先輩の口から『組織』なんて言葉が出る日がくるとは思いませんでしたよー」と言われたが、「いやあ、結構ちゃんと働いてるんだよ、信じられないかもしれないけど」と反論しておいた。


「ゴルフやりましょうよ、ゴルフ。まずは週2回半年、スクールに通ってください、ちゃんとまじめに通ったら、コースに連れていってあげます」と彼女は言った。ゴルフか、いまとなっては別世界だ。商社OL時代は取引先の御曹司と打ちっぱなしに行ったりしたものだけれど、ね。うちに帰って同居人にいろいろ話したら、「ネイルアートにゴルフなんて、ぼくの人生には全く縁のないものたちだなあ」と言って笑った。たしかにそうだねえ。でも、わたしは彼女のネイルアートもゴルフ話も、昔と変わらぬ話し方も、ほんとうにすてきだな、と思ったよ。


今日は午前中はテニスに行き、午後は急遽両親と兄と食事に行くことになってしまったので、国際ブックフェアに行きそびれた。今年は正規のパンフレット以外にツイッターなどでいろいろと情報が入ってきていたので、河出のブースや平凡社の新書などを見に行きたかったのだけれど。ツイッターを始めたら、国際ブックフェアに限らず、イベントの情報がじゃんじゃん入ってきて、あれもこれも行けるわけじゃないので、いつも大変に迷ってしまう。それで迷っているうちに、あっという間に満席で申し込みそびれる、ということも少なくない。わたしは先述の後輩と違って、肩にのせているものがさほど重くないので、おもしろそうだなあ、と思ったら、迷っていないでふらふらふら〜っと出かけてみればいいのかもしれない。