ドストエフスキー、フォークナー、レイモン・クノー

タイトルの3人の作家の名は、この一ヶ月ほどの間に自分の会社の人が雑談の中であげた名前。


まずドストエフスキーは、ひとまわり以上年下の営業マンが、「◯◯さん(わたしのこと)は外国文学が好きなんですよね〜」と話しかけてきて、最近読んだ外国文学でよかったものとして、ドストエフスキーをあげたのだった。わたしが数年前に社内報で古典新訳文庫のことを覚えていたそうで、「古典新訳文庫っていいっすよねー」と嬉しそうに言うのだ。野崎さん訳の『ちいさい王子』も読んだとかで、「次、何読んだらいいですかね〜おすすめありますか〜」なんて言うものだから、もう、仕事そっちのけでひとしきり本の話でもりあがったのだった。


フォークナーは、のびのびになっていた仕事の打ち上げをしよう、ということになって、こじんまりとした飲み会をやったときのこと。前にこのブログでピンチョンのことで盛り上がった会社の人のことを書いたけれど、その人がどんどんエラクなって昨年からわたしの上司になって、はじめて同席した飲み会の席で、今度はフォークナーへの愛を語ったのだ。この人はなんとも熱血漢で、フォークナーを読み始めたら好きで好きで、あんまり好きすぎてほかの本が読めなくなったのでしばらく読むのを止めていたのだという。で、何が好きですか? と聞いたら、どれもいいからどれかなんて選べない、という。でも、酔っていたからか「自分はジョー・クリスマスだ!」とのたまわっていたので、『八月の光』が好きなのね、と思った。最初少し離れた席で話してたんだけど、フォークナーの作品の登場人物名なんか出てくる話は当然ながらほかの人は興味がないので、悪いと思ったのかくだんの上司はわたしの向かいの席に移動してきて、それからずーっとフォークナーの話をしていたのだった。わたしはふだんこの人に文句ばっかり言っているので(言われるようなことをしているのはあっちだけど)、ああ、こうやってピンチョンやフォークナーの話だけしていたら、こんなにいい人でこんなに気もあって(そこそこ好みが違っているところがまたいいのだ)、ずっと話をしていたいと思えるのになあ、と、ふだんの関係を思って少し悲しくなった。この人だって好きでわたしに文句言われるようなことをしてるわけじゃないだろうに、組織に所属するってことは、組織で上にいくってことは、不本意なこともいっぱいやらなくちゃいけないってことなんだろうかねえ。


とまあ、そんなことはどうでもよくて、最後のレイモン・クノーは、先ほどの上司が本読み人として尊敬していると名前を挙げた、会社のOBの方のおすすめ。彼らが若かったころはうちの会社も一般書をもっとじゃんじゃん出していて、このOBは今の会社状況ではちょっと想像もつかないけれど、翻訳ミステリのシリーズの企画を出して刊行にこぎつけたというツワモノなのだった。(このシリーズは残念ながらあまり売れなかったらしいが。)クノーは『文体練習』が有名だけれど、ほかの作品もなかなかおもしろいので、全集で読んでいるのだという。


ところで、先日ハクスリーを読んだという話をこのブログで書いたけれども、さっき、ダイエットの方法をいろいろ考えてネットで検索などしていたとき、ふと、ああ、これをつきつめていくと「すばらしい新世界」になるのかも、と思い当たった。コンピュータや薬で若さと美貌をコントロールできたら、そりゃあらくちんだよね。これらのサポートを失った「未開人」の母親があまりにグロテスクに描かれていて、こういう文章は男の人か若い女の人にしか書けないよ、残酷だな、と思った。でも、ここで描かれた「新世界」では、皆いまの自分の境遇に満足するように「条件付け」されてるから幸福感はあるわけで、だとしたら紛れ込んでしまった未開人ジョンは不幸な結末を迎えるけど、それ以外の人は、何も問題なく生きていける。だとすると、「新世界」の何が問題なの、別にいいじゃん、「条件付け」されてつくられた自分がいやだってことかもしれないけど、そもそも本当の自分なんてものはないんだろうし。でも、そういえば最近、年下の優秀な人たちの中に、何をやってもよくできて、仕事も遊びも完璧で、ユーモアのセンスも抜群、なんだけど、ほんとうは何が好きで、どんなことがやりたいのか、よくわからない人が増えている気がする。年上の人と話を合わせるのもうまいから、「そうですね〜わたしも好きですよ〜」なんて言ってるけど、ほんとにいいと思ってるのかよくわからない、って感じ。その点、先ほどのフォークナーファンの上司なんてほんとに単純明快、誰がなんといおうと俺はフォークナーが好きなんだあああああ、というのが伝わってきてわかりやすいよね。


すっかり外国文学づいている最近のワタクシ、勢いあまってついに杉江さんの「ガイブン酒場」(7月19日)を、懇親会つきで申し込んでしまった。前から一度行ってみたいと思っていたのだけれど、今回は「すばらしい新世界」の訳者である黒原さんがゲスト出演すると書いてあったので。ただ、知っている人が一人もいないので、ちょっぴり不安。