とっぴんぱらりのぷう

ずいぶん間があいてしまった。
今日は予約していた文学イベント「いとうせいこう×奥泉光 文芸漫談」というのに行ってきた。
話題にする小説は、後藤明生『挟み撃ち』。
会場が下北沢ということもあって、こういう文学イベントがあまり好きではない同居人が珍しく「行ってみようか」と言うので、
はりきってチケットを予約した。1枚2000円。


正直言って、このメンバーで、この話題で、2000円……人が集まるのかなあ、と思った。
いや、そう思ったからこそ、「応援」みたいな気持ち半分で申し込んだのだ。
ま、シモキタだから、終わってからの食事を楽しみに行けばいいや、と思っていた。
ところが……。
同居人がインフルエンザにかかって寝込んでしまい、結局、一人で参加することに。
ちょっとブルーな気持ちで、会場の北沢タウンホールへ向かった。
開場の時間を間違えて、30分も早く到着。そこで見たのは……。
ものすごい人数の若者たちだった。
ええ〜??
日を間違えたかと思った。けれど、間違いなく、入り口のところに「文芸漫談」と書いてある。


驚いたことに、150席すべて満席だった。
お客さんの6割は20代女性。残り4割が、若い男性と、中年以上の男女、というところ。
後藤明生の小説が、若い女性の間で話題?? そんな噂は聞いていない。
そもそも、ああいう小説を、イマドキの女の子たちが読むんだろうか……。
そんな混乱状態の中、となりの席の中年女性二人組の会話が耳に入ってきた。
「若い方が多いわねえ」
「この後藤さんて人、若者に人気なのかしら」
「まあ、大学の授業に来たみたいねえ」
……どうやら、このおばさま方は、後藤明生いとうせいこう奥泉光も、
まったく知らないようなのだ。
なぜだか知らないけれど、チケットを入手して、迷い込んでしまったらしい。
このおばさま方は、まちがいなく寝る、とわたしは確信した。


じゃーん。明るくカラフルなライトに照らされて、
いとうせいこう奥泉光が登場。
登場して5分で、150席満席、お客さんの6割が20代女性、の理由がわかった。
この二人、めちゃくちゃ話がうまいのだ。
イマドキの若手芸人の冴えない漫談などよりはるかにおもしろい。
となりの席のおばさま方も、どっかんどっかん笑っている。
やがて話は本題へ。
これがまたすごい。
話のレベルはかなり高級。でも、ことば使いは平明で、いわゆる「用語」は一切なし。
『挟み撃ち』は、当然読んでいるものとして話しているのだけれど、
ちゃんとあらすじも説明するし(これがものすごく巧み!)、部分的に音読するので、
そりゃあ読んでおくにこしたことはないけど、読んでなくても、話にはついていける。
それを証拠に、となりの席のおばさまは、前のめりになって聞き入って、
とうとう最後まで寝なかった。


これまでいろいろ文学イベントに行ったけれど、
おもしろさという点では今回が最高。
ただおしゃべりがおもしろいというだけではなくて、
作品について相当勉強して、準備している、という印象。
かる〜く、ふざけた調子でしゃべっているけれど、内容的にはかなり本格的な「文学談義」だった。
何より作家と作品に対する深い愛情と尊敬を感じた。
会場の聴衆もそれを共有していて、なんだかとっても、幸せな時間だった。


下北沢から井の頭線に乗ったら、目の前に座っていた若いカップルが、
どうやら同じイベントの帰りだったらしい。
男の子が夢中になって「いとうせいこうが言う物語というのは……」
ゴーゴリの『外套』は……」と語っていて、女の子はそれを一生懸命聞いている。
二人とも目をきらきらさせて、「文学」について語っているのだ。
女の子が最後に、「よくわかんないけど、終わってからずっと、こんなに夢中になってしゃべってるんだから、
きっとおもしろかったんだね」と言った。
もう、それを聞いたときは、涙が出そうになったよ。
そうだよね、そういうものだよね。


で、「とっぴんぱらりのぷう」である。
上のようなちょっと高揚した気分で電車を降り、(お腹をすかした同居人が待っているので)ほんの3分、のつもりで、
久我山エキナカ書店に入ったところ、おかしなタイトルの本が目に入った。

とっぴんぱらりのぷぅ

とっぴんぱらりのぷぅ

わたしは教科書にも載っている、あまんきみこ「きつねのおきゃくさま」で、このちょっととぼけたひびきのことばを知った。
田中芳樹のまえがきによれば、これは秋田の方言で、昔話の終わりにつける決まり文句なのだそうだ。
若者に圧倒的な人気を誇る著者の手によるブックガイド、というわけだけれど、
リストに並んでいる本をみると、おお!! 8割がたは読了本ではないか。
というより、わたしが子ども時代に夢中になった本と、がっつりかぶっている。
海底二万里」「三銃士」「鉄仮面」「モンテ・クリスト伯」「ロビンソン・クルーソー」……。
本の内容そのものは、ウェブ上の対談をそのまま本にしたということで、
ちょっとあらっぽいというか、まあ、とばし読みでいいかな、というようなものなのだけれど、
でも、同じ本に夢中になったわたしとしては、思わず「あー、おんなじ!」と声をあげずにはいられない。
田中さんも、この本に出てくる対談者たちも、みんなほんとに本が好きで、物語が好きで、
わたしはきっと、こういう人たちと、あるいは、さっき北沢タウンホールにいたような人たちと、
この先ずっとつきあっていきたいし、いっしょに仕事をしていきたいなあ、とあらためて思った。


……一方で、比較文学者である某先生が開くという「私塾」のHPを見たら、「行ってみたいなあ」と思ったりもして。
プログラムを見ると、すごくおもしろそうなんだけど。
時々同居人にも指摘されるのだけれど、わたしの「理論」嫌いは、
どうも自分はちゃんと理論を勉強していないというコンプレックスと、
質の高い、読みがいのある「理論」に触れていない、というところに原因があるような気もしている。
土曜日の午後、こういう私塾に通ってちゃんと勉強する、っていうのはどうだろう。授業料もそんなに高くないし。
うーん、でも土曜日には会議が入ることも多いから、やっぱり無理か。
「学校なんて行かなくても、本を読めばいいじゃないか」って叱られそうだしな……。


明日は休日出勤。
「会社の愚痴は書かない」と決めたら、ブログの更新がぱたりと止まってしまったという、情けない会社員生活。
そういう不機嫌や苛立ちは、このふしぎなことばで一掃してしまおうか。
とっぴんぱらりの、ぷう。