移動する週末

今週は法事があったため、久々に仕事とは完全に切り離された週末となった。
ここのところ仕事のノルマが信じがたいほど厳しく、表記の統一などかなりいい加減になりつつある。
でも、とにかくスケジュール優先でつめなければいけない時期であるため、
適当だろうがなんだろうが、とにかく入稿を進めなければならない。
執筆依頼など著者への手紙も、いつもの半分くらいの丁寧さとなり、
中途半端な仕事をしているという気持ちがストレスになっている。
来月半ばのお盆休みまではこの状態が続くので、うまく気分転換をしていかなければ。


というわけで、この週末は「移動する週末」をきめこんだ。
といっても、ほんとうにからだが移動したのは、法事で「フレッシュひたち」に乗って石岡という町に行っただけ。
あとは、フランス革命直後のパリ、ロンドン、ドーバー、カレーを舞台にした小説を読んだり、
新宿の伊勢丹で行われていた「大沖縄展」に行ったり、と、
せっせと空想上の「移動」を果たした、ということ。


茨城県の石岡という町は土浦の先、水戸の手前の、常磐線ではわりと大きな駅で、
わたしの実家のある大船をもう少しこじんまりとさせたような雰囲気のところ。
でも、大船と大きく違うのは、車で駅から少し離れると、畑や果樹園が広がっていて、
農業が町の中心、という印象があることだ。
「今年の夏は暑いから、きっと幸水が甘い」と親戚の人が言っているのをきいて、
「へえ、そうなんだあ」と思った。
わたしはそういうことを、ほんとうに何も知らない。
もしかしたら本で読んだりしたことはあるかもしれないけれど、
実感をもって受け止めていないからおぼえていないのだと思う。
でも、なんだか最近、暑いとか寒いとか、雨が降るとか降らないとか、台風が来たとか大風が吹いたとか、
そういう季節や気候の変化ととも暮らすことが、人間の本来の姿なんじゃないのかなあと思い始めた。
毎日冷暖房設備の整ったオフィスでパソコンをぱちぱちたたいて、
必死に入稿のノルマをこなしていくことに、ちょっと疲れてきているのかもしれない。


往復の電車の中で、バロネス・オルツィ『スカーレット・ピンパーネル』を読了。

スカーレット・ピンパーネル (集英社文庫)

スカーレット・ピンパーネル (集英社文庫)

これは、『紅はこべ』というタイトルで、かつて大ベストセラーになったという歴史小説。大冒険活劇だ。
フランス革命直後のフランスとイギリス、という時代設定はおもしろいし、
謎の人物「スカーレット・ピンパーネル」をさがす、という設定はシンプルだけれどそれなりにひっぱる力はある。
なので、電車の中で読んでいるときはそれなりにどきどきわくわく、楽しく読んだのだけれど、
うーん、作品としてはかなり粗い。
英仏の登場人物を戯画化してコミカルに描いているのだろうが、薄っぺらで言動に説得力がない。
巻末の解説では、山崎洋子さんが、主人公のマルグリートを「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラになぞらえているのだけれど、
それはちょっと無理でしょう、という感じ。スカーレットのほうがはるかに魅力的な女主人公だと思う。
……ちょっと辛口のコメントになってしまったけれど、
これはあくまで、「小説」として考えたときの話。
この集英社文庫の帯を見ると、このストーリーを宝塚でやるらしくて、
なるほど、宝塚にはこの作品はぴったり。


今日日曜日は新宿へ。伊勢丹の「大沖縄展」で沖縄そば、ジューシーおにぎり、塩アイスなどを食したのち、
ジュンク堂で数時間を過ごす。
やっぱり居心地がいい。何時間いても飽きない。
品揃えは豊富なのにゆったりしていて、「本好きのための本屋」という感じ。
イタリア文学者、和田忠彦さんのエッセイ『声、意味ではなく』と、白洲正子『きもの美』を買う。

フランス、イギリス、沖縄、イタリアと旅をして、日本へ戻ってきた。
『きもの美』をぱらぱらめくりながら、
同居人が借りてきた、お笑い芸人のさまーずが出ているゆる〜い旅番組のDVDをみる。
今週もものすごくいそがしくなりそうだけれど、
うまく気分転換をして会社人間にならないように気をつけよう。
今週の携帯本はひさびさに古典新訳文庫に戻り、ラディゲ『肉体の悪魔』を。
冒頭の1、2文を読んだだけでひきこまれた。


   僕はさまざまな非難を受けることになるだろう。でも、どうすればいい?
   戦争の始まる何か月か前に十二歳だったことが、僕の落ち度だとでもいうのだろうか?
   (6ページ)


若き日の三島由紀夫中条省平を魅了したこの小説は、
たいていの文学青年は、通過儀礼のように読んでいるのだろう。
「若いころにかなり熱中して読んだけれど、今読んだらどうかなあ」と、
かつての文学青年は言う。
わたしは恥ずかしながら、今回初読。
現在の仕事の対極にあるようなこの本、読み進めるのがたのしみだ。