『やみくも』『野性の呼び声』

やみくも―翻訳家、穴に落ちる

やみくも―翻訳家、穴に落ちる

残念ながら、わたしはあまりぴんとこなかった。
岸本さんのエッセイも、正直なところ評判のわりにわたしはいまいちだったので、
どうもわたしは女性翻訳家のエッセイには点が辛いのかも。
鴻巣さんは、以前読んだ『明治大正 翻訳ワンダーランド』がものすごく面白かったので、
どちらかというと、身辺雑記風のものより、調べて書くもののほうが向いているのかなあと思ったりもした。


野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

これは、ものすごくおもしろかった。
雪の降り積もる箱根の旅館で、一晩で読了。
「訳者あとがき」で深町さんが書いているように、わたしもまた、以前子ども向けバージョンで読んだ、
名犬ラッシーとか忠犬ハチ公とかといっしょくたになった「ワンちゃんもの」という印象が残っていたので、
今回、古典新訳文庫で読んでみて、まったく認識をあらたにした。
これは、今まで読んだどんな作品とも似ていない、まったく新しい作品だと思った。
主人公の犬バックを擬人化していることを考えると、ファンタジーのようなのだけれど、
筆致はおそろしいほどにリアルで、暴力や死、殺害の場面などは思わず読むのをやめたくなるくらい、どぎつい。
また、バックは決して道徳的に「立派な」犬ではなく、むしろこの作品では、
動物としてのバックの、ずるがしこい面や自分勝手な面が強調されている。
思うに、少女の頃に読んだ子ども向けバージョンでは、こういう肝心なところが、
子ども向け、ということでカットされていたのではないだろうか。
暴力や死、殺害の場面をカットないしは表現をやわらげ、バックの道徳的なマイナス面をカットし、
バックが忠実に仕えることになる何番目かの飼い主とのエピソードを中心にこの話を再構成すれば、
たしかに「名犬ラッシー」とか「忠犬ハチ公」みたいな、「ワンちゃんもの」になる。
でもそれでは、ジャック・ロンドンの『野性の呼び声』を読んだということにはならない。
この作品は、絶対に子ども向けにリライトしてはいけない作品だ、と思った。
(以前書いたけれども、わたしは基本的には名作の子ども向けリライト賛成派である。
 ただ、この作品については、子ども向けにリライトしたら骨抜きになる、と思うのだ。)


さて、次はオー・ヘンリーか。
ちょっと古典新訳文庫をお休みして、日本のものでも読もうかなあ。