最終講義

土曜日、まったくの部外者なのに、T大のS教授の最終講義を聴講。
日本を代表する名門大学の、名物教授の講義をタダで聴けるうえに、
コンサートのおまけつき、という情報を得て、
桜満開の中、井の頭線に乗る。


大学を「ひとまず」去る、というお話だったので、
大仰な挨拶などもなく、いきなり講義へ。
大学の講義などというものからは遠く離れて久しいうえに、
英語力不足という問題もあり、内容をきちんと理解していたかというと自信はない。
ただ、この人は何かすごいことを伝えようとしているらしい、ということと、
「教育の力」のようなものを信じているらしい、ということは、よくわかった。
でも、仕事柄「教育」の話になったら耳をダンボにして聴いていたつもりだけれど、
結局のところ、S先生が何をしたいのか、これから何をしようとしているのか、
あまりよくわからなかった。
最後にちらっと見せてくれた、英語のテキストのようなものが、その具体物なのかなあと思ったけれど、
その前のお話との間には、まだギャップがあるような感じがした。


ふうん、と思いながら聴いているうちに時間は過ぎ、コンサートに突入。
これが、すごかった。
S先生のオンステージなのかと思っていたらそうではなく、
編集者や、教え子のミュージシャンたちのゲスト出演がメインだった。
だれ一人として余計な「送ることば」のようなものを口にすることはなく、
次から次へと演奏が続き、
最終講義のテーマでもあった、"Across the Universe"を、S先生も出演し、会場も唱和して、
ああ、これでラストだな、と思ったら、
マイクを握ったS先生が言った。
「それでは、トリは、……」
えー!!と思った。


わたしの3列くらい前に座っていた、名翻訳者として知られるSMさんが、ひょこひょこと前に出てきた。
SMさんはもちろん、S先生の盟友だし、二人の名前をそのまま冠した本もあるくらいの名コンビだ。
だから、今日はどこかで「ひとこと」述べたりするんじゃないかなあと思っていた。
でも、まさか、このコンサートのトリ? SMさんてギター弾けるの? こんな大勢の人の前で歌うたったりするの??


わたしの驚き(たぶん、会場のほかの人たちも驚いていたと思う)をよそに、
SMさんは体ほどの大きさのギターを一生懸命装着し、
ウクレレを手にしたS先生と体を寄せ合い、歌いだした。
これが、全然音が合ってなくて、はっきり言って、へた。
でも、二人とも一生懸命、歌っている。
それを見ていたら、涙が出てきた。
二人とも、学者さんとしては超一流の有名人で、
大学内だけでなく、出版社やらテレビ局やらからも「先生、先生」と持ち上げられる人たちなのに、
まるで高校生みたいに一生懸命、ギターなんか弾いちゃって、
偉そうなことも、立派なことも、何も、ひとことも、言わない。ただ、歌っているんだもの。
俗っぽい言い方になっちゃうけど、この人たちはある時代を、ともに生きたんだなあ、
これが、この人たちの友情のかたちなんだなあ、と。


こんなふうにイニシャルで書いて、読んだ人には何がなんだかわからないと思うのだけれど、
このときの感動はどうしても書いて残しておきたくて、
でも、実名で書くのは何となくはばかられたので、こんな文章になっちゃいました。
あとで消すかもしれないけど、とりあえず。