翻訳文学ブックカフェ 沼野充義さん

池袋のジュンク堂不定期に開かれる、新元良一さんの「翻訳文学ブックカフェ」、
ここのところ続けて出席している。最初のころは、「こんな企画が続くんだろうか」と思ったものだけれど、
意外にも回数を重ね、狭い空間といえ、毎回、ほぼ満席。
今回(1月12日)はとくに、ロシア・東欧文学の沼野充義さんがゲストということで、
いつも以上にコアなファンの方が出席していたようだ。


沼野少年とレムの「ソラリス」との出会いのストーリーが印象に残った。
中学生のとき、「ハヤカワ世界SF文庫」の中の「ソラリス」を読んだ沼野少年は、
「世界がひっくり返る」ように思った、という。
これをきっかけにポーランドという国に興味をもったというから、
まさに「ロシア・東欧文学者」としての沼野さんの原点、ともいえるのかもしれない。
それにしてもいまの中学生に、「ソラリス」が読めるだろうか。
また、本を読んで「世界がひっくり返る」ように思う少年少女は、
いまの世の中、どれくらいいるものだろうか。


沼野さんはさらに、「翻訳をするということ」について、
「ことばと1対1で向き合うこと」で、「これこそ文学の本質ではないかと思う」と言っていた。
若いころは、翻訳よりも論文を書くことのほうが意義があると信じていたのだけれど、
年をとってきて、すぐれた作品を翻訳していくことのほうが意味があるように思えてきたのだという。
翻訳出版、それも、ロシア語やポーランド語のようなマイナーな言語の文学作品の翻訳出版は、
個々の翻訳者や編集者の思いだけで支えられている、という話は、
沼野さんらしい、淡々とした口調で語られたからいっそう、
そのことばの重みと熱い思いが、ひしひしと伝わってきた。


ソラリス」、サインをしてもらおうと思ってその場で購入。
早く読まなくては。
タルコフスキーの映画の話などに触れて、
「『ソラリス』の名声は、読者の誤読の賜物、といえるのかもしれません」と言っていたのがおもしろかった。
最後に、詩を2篇、朗読。
ひとつめもよかったけれど、ふたつめのシンボルスカヤ(?)とかいう詩人の「可能性」という詩が、
小学生でもわかるようなことばで書かれた、大人の詩、という感じで、
とてもよかった。


質疑応答ではかなりつっこんだ質問が出たりして、
新元さんの困ったような表情がおかしかった。
沼野さんは苦笑しながらも、誠実に答えていらして、立派な人だなあと思った。
次回は3月1日、岸本佐知子さんの2回目、だそうだ。
前回の岸本さんを聞き逃したので、ぜひ、出席したい。
それにしても、このような企画を20回以上も続けている新元良一さんとジュンク堂は、ほんとうにエライ。
せっせと通い続けることくらいしか、いまのわたしにはできないけれども、
心から応援しています。がんばって続けてください。