書店での世界文学イベント

5月6日木曜日、青山ブックセンターで行われたイベント「われらの<世界文学>」に行ってきた。
フランス文学の野崎歓ロシア文学沼野充義アメリカ文学柴田元幸の三人がそろうという豪華キャストだったのだけれども、
連休の谷間のせいか、超満員というわけではない。
会場の立地が影響しているのか、前回の亀山×沼野対談に比べ、はるかに若い方が多い。


野崎さんの新刊「異邦の香り――ネルヴァル『東方紀行』論」の話題を中心に、
沼野さん、柴田さんがそれぞれ、ふだん思っていることを比較的気楽に話す、というスタイル。
沼野さんが今回も司会者的な役割を負って「大人」なホストぶりを発揮し、
野崎さんはシャイで謙虚な元文学青年らしい発言をし、
柴田さんは(ちょっとお疲れ気味のような感じだったけど)相変わらずの「ぼく、ビジョンないから」という非学者的スタンスをとって、
3人の話はうまく交わっているような、全然違う方向へ走っているような、
なんとも微妙な感じで進んでいった。


野崎さんは、やっぱりいいなあ。
卒業論文でとりあげて以来、フランス文学者としてずっと研究し続けてきたネルヴァルだけれど、
この本のもとになった「群像」の連載時には、
その30年来の研究をいったん捨てて、アマチュアとしてネルヴァルについていこうとしたのだという。
470ページの大作を仕上げられたのは、「群像」の連載のおかげで、
「群像」の担当編集者の的確なアドバイスと励ましがあったからこそ続けられた、とも。
今回の野崎さんは、沼野・柴田という偉大な先輩(だよね?)に囲まれて、
自分のやってきたことやこれからやりたいことなどを肩の力を抜いて素直に語ってる感じがして、
とてもすてきだった。

異邦の香り――ネルヴァル『東方紀行』論

異邦の香り――ネルヴァル『東方紀行』論


沼野さんと柴田さんは、どうも「今日は野崎さんが主役」とこころに決めていたようで、
あまり自分自身のことは話さなかった。
ただ、最後に「これぞ世界文学という作品を3作品ほどあげてください」という主催者側の依頼にこたえたときと、
会場からの質問「読書の時間の捻出はどうしていますか」「書評との付き合い方は」「それぞれの各国文学と日本現代文学との違いは」
「よく読む日本文学は」「翻訳して日本の読者に紹介しよう、という本はどうやって探しますか」にこたえたときには、
3者3様の応答があって、なかなかおもしろかった。


今回は一生懸命メモをとったので、それぞれのお答えを具体的に記しておこう。
まず、「これぞ世界文学という作品」について。
柴田さん…セルバンテスドン・キホーテ』・カルヴィーノ『見えない都市』とマルケス百年の孤独』・スターン『トリストラム・シャンディ』
野崎さん…ナボコフ『賜物』・ヒューストン『暗闇の楽器』・『現代アイヌ文学作品選』
沼野さん…ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』・イスカンデル『チェゲムのサンドロおじさん』・ルーリールィトヘウ『クジラの消えた日』・埴谷雄高『死霊』
まあ、選択基準がてんでばらばらで、参考になるようなならないような。
それだけ、「これぞ世界文学という作品」ということばの範囲が広い、ということなんだろう。


読者からの質問に対する答えでおもしろかったのは、「それぞれの各国文学と日本現代文学との違いは」「よく読む日本文学は」。
野崎さん…フランスは文芸誌がないので長編もすべて書き下ろし。短篇も少ない。日本の現代作家で注目しているのは、青山七恵辻原登
沼野さん…ロシア文学は魂まで入り込むかんじ。読者のもてなし方が破滅的。日本の現代作家では、辻原登安部公房大江健三郎村上春樹川上弘美
柴田さん…日本文学はそれぞれの作品の「ゆがみ方」を積極的に評価するが、アメリカ文学の読者は普遍性を求める傾向にある。
注目している日本の作家は「モンキー・ビジネス」で書いている人たちみんな。


最後にもう一度、野崎さんの話を。
「紹介する本はどうやって探すか」という質問に対して野崎さんは、
若い頃は年に1回、フランスの新刊シーズン(9月らしい)に、奥さんと一緒にパリに行って、
どっさりまとめ買いをしていた、と答えていた。
夜遅くにホテルに戻り、奥さんの睡眠を妨げては悪いので、なんとお風呂場に買った本を並べて、
お風呂場の明かりのもとで、買った本を読みふけったのだそうだ。
うーん、いい話だ。


野崎さんにストーカーだと思われるといやなので、今回はサインの列には並ばず、すぐに会場を出た。
いま世界文学について誰かに語らせるとしたら、やっぱりこの3人なのかなー。
あと、イタリア文学だったら和田忠彦? イギリス文学はだれかしら。現代イギリス文学の翻訳って、だれがやってるのかしらー、と考えたところで、
あ、カズオ・イシグロモームの翻訳をばりばりやってる方は、いわゆる文学研究者じゃないってことに気づいた。
翻訳家の土屋政雄さんは、今度古典新訳文庫でウルフ「ダロウェイ夫人」の翻訳を出すらしい(5月11日発売)。
5月28日に青山ブックセンターの六本木店でミニトークがあるとのことなので、行ってみようかなと思っている。
これ。↓
http://www.wonder-web.org/search/search.cgi?task=read&Category=1401/236154741


イギリス文学の学者さんで、こういうイベントで話してくれそうな人っていうと、
高橋和久さんとか、斎藤兆史さんとか、真野泰さんとか、阿部公彦さんとか、小山太一さんとかかな。
うーん、この人たち全員に(あと土屋さんにも)、さっきの質問をなげかけてみたいものだ。
それぞれ全然違う答えが返ってくるような気がする。
そうだ、マンション管理組合の会合に出かけた同居人が帰ってきたら、
同じ質問をしてみようっと。


今週届いた文芸誌3冊についてもちょっと書きたいと思ったんだけど、
今日はもうくたびれちゃったので、後日。