神田神保町

神田の三省堂多和田葉子さんと越川芳明さんのトークセッションがあると聞き、
水曜日にも東大で多和田さんを囲むシンポジウムがあるのだけれど、
せっかく会社の近くであるのだからと思って行ってきた。


以前、ユリイカに掲載されていた多和田さんの短編「スラムポエットリー」を人から紹介されて読み、
とにかくほれこんで何度も読み返し、声に出して読んでみたり、
しまいには「授業案」もどきのものを書いてみたり。
いろいろな人に「いいよ、いいよ」と宣伝していたのだが、
ついに単行本になった。
この短編が、冒頭の第一章を飾っている。


アメリカ―非道の大陸

アメリカ―非道の大陸


トークセッションは夜8時半から開催されるので、
少し神保町を歩いてみようと思い、定時に会社に出た。
考えてみると、現在の会社に就職してから、仕事上の必要があって神保町に来ることはあったが、
自分の読書のための本をさがしたり、ぶらぶら町を歩いたり、ということを、
ほとんどしていなかったことに気づいた。


新しくなった(といっても改装してからずいぶん経つが)東京堂の角を曲がり、
10メートルほど歩いて、1Fが店舗になっていて急な階段のある、古いビルを探す。
さすがにもう、建てかえられたのか、目当ての建物は見当たらない。
15年前、この古いビルの2F、急なだけでなく平衡感覚がおかしくなりそうながたついた階段をのぼったところに、
翻訳学校「ユニカレッジ」はあった。
しばらくして学校は、同じ神保町内の、もっと新しくてきれいな建物の5Fに移り、
現在の生徒であのおんぼろビルを知っている人はほとんどいない。


15年前にこのおんぼろビルをたずねたのは、
当時の仕事に対して抱いていた閉塞感を打破したかったからだろうと思う。
そして昨日、トークセッションがはじまるまでのちょっとした時間に、
あのビルの界隈をうろついてみようと思ったのは、偶然ではないのだろう。


さて、肝心の多和田葉子さん、予想どおりの素敵な方だった。
最初、「スラムポエットリー」の冒頭を朗読。
低音で語尾のしっかりした読み方で、
あっという間にその世界に入りこんでしまうよう。
このまま最後まで読んでほしい、
最後の長い一段落、熱気に満ちたラストを、
この声で、この読み方で読んでもらいたい、と思った。
(もちろん、かなえられず……)


「翻訳をするように小説を書く」
「普通に小説を書くより、翻訳をするほうがよっぽど難しい」
というお話がとくに印象に残った。
水曜日の東大のシンポジウムでは、
こういったお話がメインになるのではないか、と。


50名という人数制限があったため、
こじんまりとしたセッションだった。
会場で1年くらい前にうちの会社をやめて、
神保町にある大出版社に転職した編集者に会った。
私と同じで、社用ではなく、個人的な興味できているという感じだった。


せっかく三省堂に来たのだからと、
近所の書店では見かけなかった本を購入。
後藤和彦編著『文学の基礎レッスン』(春風社
カルヴィーノ『見えない都市』(河出文庫
の2冊。
前者は、熱っぽいんだか斜に構えてるんだかわからない「はじめに」の文章と、
なんとなくおトク感のある巻末のブックリストにひかれたから。
後者は、家の本棚を探せばどっかにありそうな気もするけど、
1週間後に控えた読書会までには見つかりそうにないから。


書店ではもちろん、村上春樹訳の「ギャツビー」を、
大々的に売り出していた。
古典新訳文庫で今月刊行予定だった宮脇孝雄訳「ギャツビー」は、
刊行延期なのかな、中止なのかな。
個人的には宮脇訳を読みたかったので、
中止ではなく、延期であることを祈る。


今日はガスの点検があるとかで、会社を午前休。
こんなことができるのも、入社以来はじめてのこと。
いいような、悪いような。