不実な美女か貞淑な醜女か

今年5月に亡くなった米原万里さんのエッセイ『不実な美女か貞淑な醜女か』は、
単行本で出たときにすぐに購入し、読んだ。
このたびわざわざ新潮文庫版を買ったのには、わけがある。

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)


単行本で読んだときにも、とても面白く読んだ。
当時、私自身が翻訳学校に通って夢中で勉強していた頃だったということもあり、
通訳や翻訳にまつわるエピソードがどれもなるほどと思うことばかり、
明るく軽妙な文体と、ロシアという国のイメージとが微妙にひびきあって、
カッコイイ女の人だなあと憧れたものだった。


その米原万里さんが、初夏、突然になくなった。
そしてその絶筆となった手紙が、この新潮文庫版には、「緊急収録」されているのだ。
「編集部注」という形で載せられた米原さん最後の手紙は、
引用の誤りを指摘してくれた読者(福田さん)に対して、「感謝とお詫び」をしたものだった。


手紙の日付は5月10日。
「早急に拙著のその部分を書き直します。その際には福田さんのお名前とお手紙の一部を引用してもよろしいでしょうか。
 また、編集者と相談してなるべくこの重要な訂正部分を世に知らしめる努力をしたいと思います。」
と書いている。そしてその手紙の後に、二行だけ、編集部の追記がある。

 「著者は、2006年5月25日、亡くなりました。その部分をどう直すか、最後まで気にされていたそうです。福田氏への返信が、著者の絶筆です。」


5月10日と25日というふたつの日付を確認したとき、
ぶわあっと涙があふれてきてとまらならなくなった。
新潮文庫版では、本文中の誤りの部分に(編集部注327頁参照)という注をいれるという形で、
著者が最後まで気にしていた「訂正」を知らしめている。
著者が自分ではできなくなってしまった「世に知らしめる努力」のお手伝いを、
少しでもできればと思い、ここに記した。