「鎌倉夫人」にまつわる思い出

先週は連夜の残業で、土曜日は大阪出張、今日日曜日は編集会議と、
忙しい日々を過ごした。
これから来年の春まで、こんな感じの生活が続くのだろう。
それでも気分的に明るいのは、わりとマイペースで仕事ができているからかな。
それと、金曜早朝のテニスレッスンの効果も絶大。


今日は久しぶりに編集会議のあとに著者の先生方と飲みに行った。
川上未映子桐野夏生大岡昇平だと名前があがり、
小説談義でもりあがっているさなか、
大岡昇平の「武蔵野夫人」をある先生が「鎌倉夫人」と言い間違えたことから、
話が立原正秋の「鎌倉夫人」に移った。

鎌倉夫人 (角川文庫 緑 298-20)

鎌倉夫人 (角川文庫 緑 298-20)

そのときわたしは突然、思い出した。
大学4年のとき、銚子から東京へ向かう特急列車の中で、わたしはこの本を読んでいた。
結構濃厚な性描写もあって、かなり熱中して読んでいたように記憶している。
列車が東京駅に着いて、乗り換えようとして荷物をおろしたりしていたとき、
隣の席に座っていた中年の紳士が、
「失礼ですが、このあとお茶でもご一緒しませんか」と話しかけてきたのだ。
電車の中でナンパされたことなんて、後にも先にもこれ一度きり。
びっくりして、「あ、すぐに乗り換えなきゃいけないんで……」とかなんとか言って逃げてきたのだが、
後で考えると、これは「鎌倉夫人」効果だったのではないか、と。
このときは帰路の読書用の本を母の書棚から持ち出したので、カバーをかけてなかったような気がするし、
隣の紳士はたしかに、わたしの読んでいる本をちらちらのぞきこんでいた。
で、こんな(ふしだらな)本を読んでいるくらいだから、きっとそういう(ふしだらな)願望があるに違いない、と思って、声をかけてきたのではないか。
わたしとて22歳のときには、今よりはだいぶスタイルもよく、お肌もぷるんとしていたわけで、
まあ、今だったらポルノ小説読んでても、だれも声なんかかけてこないんだろうけど。


それにしても、先生方の高尚な小説談義には混ざれず、
こんなくだらない思い出話しかできない自分って……ちょっとどうかと思う。
年を食ってる分、それなりに本を読んではきているのだけれど、
それについて「論じる」ことができるかっていうと、てんてんてん、という感じ。
まあ、編集の仕事っていうのは、自分が「論じる」よりも、人々に論じる「場」を提供する、ってものだから、
自分自身が多弁である必要はないわけだけど。
(それにしても、あんまりおバカなのも、ねえ。)


などということをつらつらと考えながら、
夜10時過ぎに帰宅。さすがに疲れた。
これから年末にかけて、これまでに輪をかけて忙しくなる。
年齢を考えて無理をしすぎず、ペースを守って過ごさなければ。
もちろん、テニスレッスンも続けるぞー。