『アブサロム! アブサロム!』読了

夏休み最後の2日、池澤編集世界文学全集の『アブサロム! アブサロム!』を鞄に入れて海辺の町へ。
初日の夜に、深いため息とともに読了。

アブサロム、アブサロム! (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-9)

アブサロム、アブサロム! (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-9)

スケールの大きさ、構成の大胆さ、細部の表現の緻密さ、などなど、
どこをとってもこれは、大傑作としかいいようがない。
わたしは、登場人物に感情移入して読むという、基本的には小学生時代から変わらない幼い読み方しかできない、
平凡な一読者、普通の小説好きだ。
それでも、このフォークナーの小説を読んでいると、
人間の複雑さとか単純さとか、時代や社会とのかかわりとか、血縁だとか業だとか、
ふだんはあまり考えないようなことを、ぐるぐると考えていたような気がする。


この小説はまず、主人公はだれ? と訊かれたら答えに窮する。
最初の語り手であるエレンに「悪魔」といわれるトマス・サトペンか?
でも、エレンの語りを聴いている間は、主人公はエレンのような気もしてくる。
実際に、読み終えてから「エレン」の物語として、年譜を書くことだってできそうだ。
小説の構成上、ほとんど内面の葛藤が語られないトマス・サトペンにくらべ、
エレンは語り手であるから、彼女が何を見、何を体験し、どう思ったか、が克明に語られている。
でも、途中で語り手が変わる。クウェンティン・コンプソンと、クウェンティンをとおして語るクウェンティンの父と祖父。
サトペン一家と交流のあったコンプソン家、というのも、かなり重要な位置をしめるわけだ。
いやいや、やはりこの物語でかなり重要な役割を演じているのは、チャールズ・ボンじゃないか、ということも思う。
これだけ錯綜した語りの中で、全編をとおして少しずつ人物像や物語の中での役割が描き出され、
そして後半、だだーっと真実が明らかになるときの、キーパーソンになる人物で、
もしこの作品を映画化したら、俳優たちがぜひ演じてみたい、と思う筆頭のキャラクターなんじゃないか。
そしてクライティのことも、忘れてはいけない。もちろん、ヘンリーとジューディスという、二人の子どもたちも……。


などと書いているけれども、この小説を読んだことのない人には何を言っているのか、まったくわからないだろう。
でも、この小説にはほんとうに、いわゆる「ストーリー」というか「あらすじ」というようなものがないのだ。
いや、ストーリーがないわけじゃない。結婚、出産などはもちろんのこと、暴力的な「死」も起こるわけだから、
決して「事件」がない小説ではない。
「ありふれた人々の、ありふれた日常を描く」といった性質のものとはまったく逆だ。
にもかかわらず、時代も土地もこんなに離れたわたしという読者が、
彼らに対して(おおげさにいうと)血のつながりすら感じてしまうくらいの近しさを感じてしまうのはなぜだろう。


いま、「近しさ」と書いたのは、「共感」とは違うような気がするからだ。
ほかの気の合う小説を読んだときみたいに、
「そうそう、わかるわかる」とか、「がんばれ!」とか、登場人物たちと話をする、というのとはちょっと違うのだ。
自分が望むと望まないとにかかわらず、自分自身にもサトペン一族の血が流れている、というような感じ、だろうか。
ことばが稚拙で情けないかぎりだけれど、この本に挟み込まれていたリーフレット池澤夏樹の文章を引用することで、
自分のことばの足りないところを補いたいと思う。


     最初にフォークナーは手強いと書いた。普通の小説を読むことはちょっとした小旅行に似ている。
   読者は数日だけ自分の家を離れて他の地に行く。他人の人生を生きて、すぐに戻ってくる。
   大河小説を読むことは夏の数週間を避暑地で暮らすことになぞらえるだろう。
     しかしフォークナーを読むことはそのままヨクナパトーファ郡に移住することである。
   広大な土地を案内され、多くの人々に紹介され、有力な家系の先代や先々代の事績を聞き、
   近くの森を舞台にした伝説的な熊狩の話を聞き、この土地の没落と頽廃についての嘆きを聞かされる。
   (月報4ページ)


ちなみに、フォークナーは手強い、かもしれないが、難しくはない。
この小説はもちろん長いし、時間と空間がぐちゃぐちゃになる構成だから、
「気軽にすらすら」というわけにはいかない。
でも、決して「難解」ではなかった。文学研究者には叱られちゃうかもしれないけれど、
読んでいるときは、『風とともに去りぬ』に似てるなあ、なんて思っていた。
ものすごくおもしろいので、小説好きで未読の方には、ぜひ、手にとってみることをおすすめする。
河出の世界文学全集は重いのが玉にキズだけど、翻訳も文字組も読みやすく、注や巻末の資料も適切・適量で、
とてもよかった。自分にとって、いろいろな意味で「大切な一冊」になりそうだ。