トークイベント2連発

金曜日と土曜日、2日連続でトークイベントに行ってきた。全然違う分野のイベントだけど、会場に集まった人たちの雰囲気がなんとなく似ていたことは興味深い。


金曜日、前から一度行ってみたいと思っていた、杉江松恋さんの「ガイブン酒場」に参加。これは、外国文学について熱く語りましょう、というすてきな企画で、毎回作家を一人とりあげて全作品についてレビューし、さらに数冊、新刊の海外文学を紹介している。今回とりあげた作家は、アメリカ文学コーマック・マッカーシー。ほとんどの作品を黒原敏行さんが訳していて、名訳の誉れ高い。……だけど、実はわたしは、何年も前に『すべての美しい馬』が単行本で出たとき買って、最後まで読めなかったという苦い経験があり、やや苦手意識がある。そのままずっと、一冊も読まずにきて、話題になっている新刊も未読で、ただ「ガイブン酒場」の雰囲気を味わってみようっていうのと、黒原さんに会ってみたい、という、中途半端な気持ちで会場に足を運んでしまったのだった。


前半は、作家特集以外の新刊の紹介。紹介されたのはマッカーシーのものをのぞくと次の2冊。

イースタリーのエレジー (新潮クレスト・ブックス)

イースタリーのエレジー (新潮クレスト・ブックス)

海底バール

海底バール

ええ、早速買ってしまいましたとも。とにかく杉江さんの紹介の仕方がめちゃくちゃうまいのだ。ネタバレしない程度に、でもかなりしっかりと内容を話してくれる。短い時間で、作品の魅力を自分自身の興奮をわりと素直に出しながら語るというスタイルなので、いわゆる「文芸評論」的な話を期待する人には合わないと思うけど、一般読者にとってはこれで十分、ていうか、このほうがいい。それでも一応、文学史的な位置づけとか翻訳のよしあしにも言及してくれるし。


ただ、残念なのはどちらも短編集だってこと。しかも、『海底バール』のほうは、「奇想小説」だっていうから、もしかしたらあまり合わないかもしれない。というわけで、マッカーシーの長編『チャイルド・オブ・ゴッド』に、さらなる期待を寄せて後半に突入。黒原さんの話は、とてもおもしろかった。内容も濃くて、翻訳家として誠実な方だなあ、という印象。例えば、まあ、よくある話だけど、原文がカンマやピリオドのない長い文章だったり、わざとandでつないでいくような文章だったり、というときに、その文体をいかにうまく日本文にうつすか、という翻訳家にとっての大テーマについて、非常に率直に語ってくれた。登場人物の台詞なのにかぎかっこ「」をつかっていませんがこれは原文に合わせたのですか、という質問を杉江さんがしたときに、もちろん原文にあわせたのだということと、これは「 」をつけてはいけない部分だと思った、という話をされた。この作家は意図的に人間の会話に「 」をつけないのだと思う、なぜならばこの作者は、人間も自然界の一部であって、人間の発話だけ「 」をつけて特別扱いするのはおかしいと思っているからじゃないか、というようなことを発言されていて、印象に残った。(メモをとっていなかったのでもしかしてちょっと違うかもしれないけど、だいたいそんなようなこと。)編集の仕事をしていると時々、句読点や記号類など勝手に変更していいものと思っている人に会うけれど、作家にしろ翻訳家にしろ、こんなふうに一つ一つ、考え抜いて吟味して日本語の文章を作り出してるんだよーと叫びたい気分だ。


『チャイルド・オブ・ゴッド』はノワールだ、というのが杉江さんのお話で、ジェイムズ・エルロイとかジム・トンプソンとかの名前が出た。あー、翻訳家修行時代にずいぶん親しんだ名前だ、と思ったけど、正直言ってあまりよく覚えていない。フォークナーの名前なんかもちらっと出たりしたけど、やはりミステリへの言及が多くて、そりゃあもちろん、杉江さんのお話だからそうだよね。会場の方々はこの作品の解説目当てで来ている人も多かったようで、そうなると「ガイブン酒場」とはいえ、やはりミステリ好きの人が中心なのかなあ、と思いながら、そのまま懇親会へ。……はい、やっぱりそうでした。あまり詳しくは書かないけれど、少人数の会で自分以外は皆さん顔見知り。かつて何度か参加した「ミステリ翻訳忘年会」(←名前ちょっと違うかも)のノリに近い。楽しそうに語り合っている皆さんの興味の方向に自分はいまひとつついていけず、曖昧な笑顔を残して1時間ほどで退散。でも、勇気を出して行ってみてよかった、とは思ってる。次回は同じような趣味の人といっしょに、懇親会に乗り込んでみようかな(ね、りつこさん?)ちなみに9月はケルアック、年内にアーヴィング、ピンチョンを作家特集でとりあげる、って言ってました。今回に限ってかもしれないけど、せっかくいい企画なのに、参加者の数が少なすぎると思った。海外文学に興味がある人ってこんなに少ないの?って思うと絶望的な気分になるけど、いや、そんなことはないはず。告知が足りないのかねえ。会場もわりと便利なところだし、雰囲気もいいし、懇親会のご飯もおいしかった。


というわけで、前日の熱気をそのままに、翌土曜日はまず「ガイブン酒場」で紹介された本2冊を購入してから、作家・翻訳家の田中真知さんの「コンゴトーク」の会場へ向かった。もともとは仕事で知り合った田中さんだけど、今ではすっかり、同居人ともども「ただのファン」となっている。昨年、政情不安定なコンゴで丸木舟で川を下った体験を、スライドと動画を使って語る、という企画で、開演20分前に到着した会場は、すでにほぼ満員。狭いイベントスペースに、最終的には70人くらいは入っていたんじゃないかと思う。で、お客さんの雰囲気は、前日のイベントとそっくり。一言でいうと、「同好の士」の集まり、という感じだった。とくに、旅行ライターとプロバックパッカーという二人組の女性が司会をつとめていたということもあり、まわり中みんな、バックパック背負って世界中歩いてます、みたいな雰囲気が漂っていた。またしても、ややアウェイな雰囲気。


ただ、こちらは何しろ人数が多いので、自意識過剰になることもなく、一聴衆として田中さんのハピドラムの演奏、トーク、映像を満喫した。わたしは田中さんの話し方がとても好き。ソフトで淡々としているんだけど、実は情熱的で、ユーモラス。素朴に語っているようで、案外計算してるっていうか、お客さんを楽しませるように、緻密に構成されているという感じがした。22年前と昨年とで、政情が全く異なっているということで、前回のトークと比較するのもなかなか楽しかった。そして、田中さんは触れなかったけれど、22年前と昨年とでは、田中さん自身が年を重ね、ものを見る目や感じ方が変化しているんじゃないかな、と個人的には思った。まあ、とにかく50を過ぎた人間がするような旅ではなくて、イベントが終わる頃には、田中さん、よく無事に帰国できた、と、そのことが奇跡なんじゃないかと思うくらい、大冒険旅行だったのは間違いない。最後に10分くらい、テレビ番組に似せてつくった動画をみせてくれたんだけど、音楽にのせて展開されるコンゴ川の映像を見ていたら、田中さんも、その動画にうつっている人たちも、そして自分も含め会場にいる人たちみんな、いま生きてここにいる、ってことじたい、不思議なこと、奇跡のようなことなんじゃないか、って思って、また例によって、泣きそうになってしまった。ちなみに、田中さんはすてきな男性ですが(美人妻あり)、同行した20代の日本人男性がめちゃくちゃかっこよかった。もてるだろうなあ。……と、どうでもいいような話はさておき、会場で、田中さんがコンゴでとってきた音とハピドラムの演奏をいれたCDというのを購入した(500円)。まだ聞いてないので、それを聴いてから寝ようかな。