たとへば君

先日テレビで河野裕子永田和宏夫妻のドキュメンタリーを観た。
河野裕子さんの短歌には仕事上で触れる機会があり、
とくに「たとへば君」ではじまる短歌にしびれた経験があったので、
昨年、亡くなったというニュースを聞いたときは、とてもびっくりした。
ドキュメンタリーの中で、この「たとへば君」を含む河野・永田夫妻のさまざまな歌が紹介された。
絶筆の短歌「……息が足りないこの世の息が」もすごい歌だと思ったし、
乳がんが見つかったときの永田氏のなんともいえない表情をうたった歌「……吊り橋ぢやない」も圧倒された。
もう少し読んでみたいと思い、アマゾンで「たとへば君 四十年の恋歌」を購入。
さきほど読み終えた。ぐずぐずと泣きながら読んだのは言うまでもない。

たとへば君―四十年の恋歌

たとへば君―四十年の恋歌

わたしの好きな「たとへば君」ではじまる歌は、
河野さんが二十一歳のときにつくったものなのだそうだ。
永田さんと出会ったばかりで、永田さんのほかにもう一人、好きな男性がいたらしい。
永田さんはこの歌について、「もっとも、この「たとへば君」の「君」は、私なのか、と問われると
にわかに私だとは言い切れない気もする。(中略)彼女の生前にそれを確かめることはしなかったが、
それで良かったのだろう。」(21ページ)と述懐している。


ほかにもたくさんいいなあと思う歌があった。
たぶん短歌の引用というのは控えたほうがよいような気がするので、あえて引用はしないが、
若い頃の情熱的な歌も、病を得てからの死をみすえた歌も、
ストレートな表現なのに独特で、やはりこれは、ホンモノの歌人の歌だ。
この本は河野・永田夫妻の相聞歌とエッセイを集めたものだが、
本来の「歌集」という形のものを、ちゃんと読んでみよう。
短歌でも俳句でも、あるいは詩や小説でも、
感情を表現する形式みたいなものをもっている人は幸せだなとあらためて思った。


病気になる前の河野さんの歌のひとつに、
(たぶん仕事で)疲れている永田さんの隣で、その「疲れ」が感染しないように、
自分はパンを「ぐんぐん食べる」というのがあった。
そうなのだ、男たちよ。
わたしがパンをぐんぐん食べてるからといって、
あなたの疲れに気づいていないわけじゃないのよ。