ジャンプスマッシュ&ブックダイバー&ムラカミハルキ

金曜早朝のテニススクールでは、スマッシュ練習をやった。
前にも書いたように、ストロークもボレーも情けなくなるほど下手なのだけれど、
スマッシュだけは軟式と変わらないからか、自分で言うのもなんだけどものすごくうまい。
コーチもびっくりしていて、「じゃあ課題をあげて……」と言ってボールだしを深くし、
ジャンプしながら打つ「ジャンプスマッシュ」に挑戦した。
これがおもしろいようにうまく打てる。コーチも目を白黒している。
(もちろん、ほかのプレーとの落差に驚いている、ということだけど)


軟式の選手時代から、わたしはジャンプスマッシュが得意だった。
軟式は硬式とちがってダブルスが基本で、はじめから前衛・後衛が決まっている。
わたしは中学校でテニスを始めたときからずっと前衛だったのだけれど、
前衛としては身長が低いというハンデがあった。
だからなんとかしてリーチをひろげようと、スマッシュ練習に力をいれた。
スマッシュの練習というのは、幅が狭くても高い壁があれば一人でできる。
高校時代、ちょっとした時間を見つけては体育館や今はなき部室棟の壁に向かい、
ひたすらスマッシュを打ち続けた。
年末年始などの数少ない休みの日には、自宅前の山肌にめぐらされたコンクリート壁に向かった。
心の中で、「打倒〜」と叫びながら球出しをし、
「?嶺!」「高津!」など当時のライバル校の名前を叫びながらスマッシュを打つ。
今思うとこの一人スマッシュ練習をする姿が、高校時代の自分の典型のような気がする。
友人は多かったし、彼氏もいたし、
授業や学校行事だって、それなりにちゃんとやっていた。
部活だってもっと華やかな場面はたくさんあったけれど、
自分の高校時代を支配していたのは、この一人スマッシュ練習に象徴されるような、
孤独で、地味で、必死な感じだったのかもしれない、と、テニススクールの帰り道に突然思ってしまったのだった。


毎週、テニススクールの帰りには、千歳烏山駅近くの喫茶店でモーニングを食べることにしている。
サンドイッチにヨーグルトとコーヒーがついて450円。
どうということのないチェーン店だけれど、ここに寄ることが毎週金曜日のささやかな楽しみだ。
この店のいいところは、明るくて広々としていること、コーヒーがおいしいこと。
そして何より、従業員の方がものすごく感じがいい、ということだ。
いつも応対してくれる若い女性の店員さんが、ほんとうに感じがよくて、
彼女の笑顔が楽しみで通っている、といっても過言ではないくらいだ。
顔を覚えてくれているらしく、「いつものセットですね」みたいにさりげなく常連さん扱いしてくれるが、
なれなれしくならず、礼儀正しく接客してくれる。
注文をとった後、一歩下がって、「一、二、…」というくらいの時間お辞儀をする。見事だ。


いつものようにテニススクール→モーニングという幸福な時間を過ごしたあと、
今週は、神保町経由で会社に向かった。
いつもの専大通り側に出ずに、白山通り沿いを歩く。目的は、「ブックダイバー」という古本屋だ。
神保町からこんなに近いところに勤めているのに、意外にこの界隈の古本屋に行くことが少ない。
何しろ本屋さんが空いている時間に会社を出るということが、まずないからだ。
うまく行き着けるか不安だったけれど、白山通り沿いに案内を出していたので、店はすぐに見つかった。
こじんまりしていて、いかにも古本屋らしいお店。
時間があまりなくて店内をじっくり見ることはできなかったけれど、
また行ってみよう、と思うような品ぞろえだった。
仕事に使えるかなあ、と思った本を一冊購入(500円)。


会社に行って懸案の仕事を片付け、同居人と待ち合わせて幡ヶ谷のお気に入り中華で遅い夕食。
テニスをしたり古本屋に行ったりと、最近は比較的余裕のある生活を送っているわたしに対し、
同居人はいまだかつてないほどの忙しさに追われている。
ぐうたら人間のわたしにとって信じがたいのは、このような殺人的な忙しさの中で、
同居人は毎朝7時台に(時には6時台に)ヘルメットをかぶって家を出て、
会社まで片道約1時間の自転車通勤を続けているということだ。
このストイックな生活スタイル、だれかに似てる……と思って気づいた。
最近、インタビュー記事を読んだ、村上春樹だ。


毎日一時間走る、1日10ページと決めて執筆する、
早寝早起き、自分で食べるものは自分で料理する……
すごい、立派だ……とは思うけれど、自分には絶対真似できない。
そういう生活が「正しい」とわかっていても、
何度「よしやるぞ」と決意しても、継続的に実行するのはほんとに難しい。
世の中の人を村上春樹的人間と非村上春樹的人間に分けたら、
間違いなく同居人は前者で、わたしは後者だ。
(って、そんな仕分けに何の意味もないけど……)


かくして総選挙のある日曜日の今日、
同居人は朝7時、「投票行ってから会社に行く」と言ってヘルメットをかぶって出ていった。
さて、私もそろそろ投票に行って、遅いランチでも食べてこようか。