少年になり、本を買うのだ

めずらしく風邪をひいた。熱はないのだけれど、咳が止まらない。
会社の近所の薬局に行き、おじさんに叱られながら咳止めを買う。
咳止めを飲むと、ぴたりと咳が止まった。偉大だ。


担当していた5冊セットの単行本の見本が届いた。
おおっ、と装丁やら挿絵やらを眺めるのは楽しいのだけれど、
おそろしくて本文をじっくり見ることができない。
何かとんでもないミスをしているような気がする。


急ぎ作家さんやら画家さんやらに連絡をし、見本を届ける日程の相談をする。
こちらももちろんだけれど、作家さんも画家さんも、みんな、嬉しそうにしてくださるので、
気持ちの明るくなる電話だ。
ここしばらくは「とんでもないミス」があったとしても見てみぬフリをして、
明るい気持ちのまま見本をながめていたい。


この三連休は明日あさってと仕事が入っているので、
今日が唯一の休日。
でも、風邪のせいで一日、ぐずぐずしていた。
近所の中華料理屋にお昼を食べに出かけ、スーパーで夕飯の買い物をした以外は、
外にも出ず。
読みかけの『デイヴィッド・コパフィールド』にむかう元気すら出ず、
おととい衝動買いした、『少年になり、本を買うのだ―桜庭一樹読書日記』をとばし読みで読了。

なかなかおもしろかった。
じつはわたしは、桜庭一樹の小説を一冊も読んでいない。
にもかかわらず、この本を買ったのは、この本に出てくる桜庭一樹という女性(直木賞とるまで男だと思ってた……)の、
本にまみれた生活ぶりと、選んでいる本のタイトルに、びびっと惹かれるものがあったからだ。
この本を読むかぎり、この人は徹底した「小説読み」(詩歌も含む)で、ノンフィクションや新書はほとんど出てこない。
古今東西のフィクションの世界にどっぷりつかって、読んで読んでよみまくっている。
作家としてデビューしたあとでも、「ふつうの読者」として本とつきあうという姿勢が変わっていないところがいい。
『ジョン・ランプリエールの辞書』を大絶賛しているのは、東京創元のHPでの連載だから当然かもしれないけど、
でも、みすず書房シュペルヴィエルの短篇集だの、角川の車谷長吉の短篇集だのも絶賛しているから、
とくに東京創元びいきというわけでもない。ほんとうに、小説が好きな人なのだろう。
紹介されている本の中で、読んでみようかな、と思ったのは、
『愛についてのデッサン―佐古啓介への旅』だ。
これを読んだときの桜庭一樹の反応がすごい。


   うわー!!! 夜中に叫ぶ。ベランダに出て叫びたいぐらいだが
   いくら新宿二丁目でも平日の夜は静かだし、仕方なく床を転げまわる。うわー!!!
   (中略)
   これはすごい。この世に傑作は存在するが、知らずにその書棚の前を
   なんども、なんども、なんども、フンフン鼻歌を歌いながら通り過ぎてしまうのだ。
   ばか。俺のばか。いつもの書店の棚にも、それらはまだ埋もれているのかもしれない、と思うと、
   たまらない気持ちになる。(188−189ページ)


こんなこと言われたら(書かれたら)、明日すぐにでも書店に飛び込むたくなるではないか。
待てよ……その前に、家の書棚を確認したほうがいいかもしれない。同居人がすきそうな本だから……。


咳止めのおかげでだいぶ体調がいいので、
明日から『デイヴィッド・コパーフィールド』に戻ろう。
ああ、これからデイヴィッドはどうなるのだろう……