桐野夏生『東京島』

東京島

東京島

読了。
とてもよくできたエンタテイメント小説であるのは間違いないのだけれど、
なんとも後味が悪いストーリーだった。
桐野夏生の長編は、『OUT』くらいしか読んでいない。たしかにこれも、
弁当屋さんに勤める普通の女性たちが、ふとしたことから殺人を犯し、
遺体を切り刻むようになる、というおそろしく現実離れした話だった。
でも、今度の小説は、無人島に漂着した人々が、5年以上にわたってそこで生活をすることになるという、
さらに現実離れした設定。
冒頭の一行で、一気に物語の世界にひきずりこまれる。


   夫を決める籤引きは、コウキョで行われることになっていた。(9ページ)


新聞の書評やら帯やらで、先に書いたような物語の設定をある程度頭にいれている読者が読むと、
上の一行が、がつんとくる。
東京島、というタイトル、コウキョとカタカナで書かれていることから、
無人島に漂着した人々が、日本の都会に似せた滑稽な共同体らしきものをつくっていることが想像できる。
それからは、もう、一気読み。
考えてみたら、自室のいすに座って読み始めて3時間以上、
一度も席をたつことなく読み続けていた。さすがに久しぶりの体験。


鴻巣さんも書評で書いていたように思うが、とにかくリアリティーなんて、皆無。
そんなはずないだろー、というような事態が、次から次へと起こる。
ファンタジーというより、SFだ。
わたしはどちらかというと苦手なジャンルのはず。
でも、なぜそんなに集中して読めたのか、
そして、なぜそんなに後味が悪いのか、というと、
主人公の中年女性清子をはじめ、登場人物がこれでもかこれでもかというほど醜く、愚かしく、自分勝手なのだ。
とくに自分と同じ中年女性である清子の愚かさ、醜さ、図々しさは、
読めば読むほどにうまく書けていてつらくなるほどだし、
フリーター風の若者たち、中国人と日本人の対立、頭でっかちで役に立たないインテリ、等々、
現代の日本の社会の愚かしさがそのまま投影されていて、
あの〜、人間って、こんなにだめなものでしょうか……とだれかにたずねてみたくなる。


ところが、今日はたまたま一人きりで家にいるから、たずねる相手がいない。
すると、小説世界の閉塞感がそのまま自分にのりうつってきて、
清子のいやらしくて利己的な感じが、とりわけ、
「太った中年」であるにもかかわらず島で唯一の女性ということで「女」を武器にして生きている図々しさが、
もうどうしようもなくうっとうしくて、
思わず、「うわあああ」と叫びたくなってしまうくらいなのだ。


とにかくこの小説は、ストーリーでぐわわわーん、とひっぱっていくという性格のものなので、
引用はしない。
ただ、だれかが「桐野夏生の最高傑作」と書いていたけれど、わたしは「OUT」のほうが好きかな。
夢中になって読む、という意味では変わらないけれど、
「OUT」の女たちのことは、ひとごととは思えない部分がたしかにあったけれど、
清子の図々しさは、ちょっと共感し難い気がする(そう思いたいだけかもしれないけど…)。


ちょっと気分を変えようと、先日買ってきた「國文學」の漱石特集をぱらぱらと。
冒頭の対談はおもしろかったけれど、そのほかの記事は、正直なところ「ふーん」という感じ。
(まだ全部読んだわけじゃないけれど……)
三浦雅士漱石論を読んだときも、「やっぱり原作読んだほうがいいかな〜」と思ったような気がするので、
どうやらわたしは徹底して、「批評」とか「評伝」とかが苦手らしい。


全然関係ないのだけれど、先日、吉祥寺のヨドバシカメラに買い物に行ったときのこと。
いつもはラオックスに行くのだけれど、たまたま欲しかったものが品切れで、
仕方がないのでヨドバシカメラに行ってみた(店内が騒々しいのが耐えられないのだ)。
それで呆れたのが、若い店員の態度。
最初は20代前半とおぼしき男性。「○○はありますか?」と聞いたら、
ガラスケースを指差して、「あのへんですね」とひとこと。
何の説明もしてくれない。
結局ケースとは別のところにその製品を購入するための「カード」みたいなのがあったので、
それを持ってレジのところに行った。
で、二人目は10代後半とおぼしき女性。
「これ、説明書はありますか」「ありません」
「え、じゃ、使い方はどうやって……」「ホームページでみるんです」
「はあ……あの、ガラスケースの中は見れないんでしょうか」
「あけられないわけじゃないですけど、外から十分見えるように置いてますが」
ううう……。最後のひとことでちょっときれそうになったけど、
わたしは平和主義者なのでぐっとこらえてお金を払い、もう二度とこないぞ〜!と心に誓った。


一方、昨日、千歳烏山からタクシーに乗ったときのこと。
雨が結構降っていたので、タクシーがつかまってほっとして乗り込むと、
運転手さんが「傘はここに」と言う。見ると、座席の前に傘袋。
おお、便利、と思って袋に傘を突っ込むのをみはからって、運転手さんが「どうぞ」とタオルを差し出してくれた。
感激!
行く先を告げたら、雨が降っているからマンションのゲートの中まで入ったほうがいいね、と言って、
そのための一番の近道(メーターがあがるぎりぎり)を行くために、Uターンをしてくれた。
途中、さりげなく、うるさくない程度に話しかけてくるのも、ちょうどいい按配。
料金を払い、タオルのお礼を言って降りた。個人タクシーだったが、またこの方の車に乗りたいなあと思った。


さて、『東京島』でどよ〜んとしてしまった気分を変えるために、
次は何を読もうかな。
そうだ、島つながりで、古典新訳文庫の『宝島』にしよう!
スパイ小説の翻訳で知られる村上博基さんの訳、というのもおもしろそうだ。
冒頭に、「買おうかどうしようか迷っている人に」という序文みたいなのがついている。
ちょっと長いので引用しないけれど、こんなの読んだらだれだって、買ってしまうんじゃないかなあ。