シェイクスピア祭

土曜日、シェイクスピア祭で御茶ノ水へ。
丸善の店頭でペーパーバックの古本市をのぞく。
2冊購入。読むかどうか(読めるかどうか)わからないけれど。


シェイクスピア祭へ。
これはふつうの学会とは異なり、会員以外の素人さんも参加OK、しかも無料という心のひろ〜い集まり。
安西徹雄さんの講演では、かなり広い教室が満席に。補助いすを出すほどの人気ぶりだった。
安西さんがおっしゃっていたように、シェイクスピア研究の最先端の人から、わたしのような素人まで、
知識レベルにしても関心のありかにしても、かなり広範な人を相手に話さなくてはいけないので、
とても大変だったと思う。
話題はマーロウの「マルタ島ユダヤ人」とシェイクスピアの「ヴェニスの商人」との比較で、
シェイクスピアの座付き作者という職業的な立場に焦点をあてた論考。
(なんてまとめ方でいいのかどうかわからないけど。違ってたらゴメンナサイ。)
前に安西さんの講義をきいたときも思ったのだけれども、
この人はとにかく、脚本を実際の芝居(上演)とセットで考えている人で、
演じる役者を知り抜いているからこそうまれる作品の価値というのがあって、
翻訳の場合にも、同じようなことがある(あり得る)ということを、言おうとしているように思った。
シェイクスピアにはたくさん翻訳があるけれども、安西さんは他の訳を否定したりけなしたりはせずに、
自分としての翻訳の姿勢のようなものをはっきりと示すことで、主張をされているのだと思った。
それは単純に「わかりやすい」とか「役者が言いやすい」などというのではなく、
時には重々しい長ぜりふだったり、ちょっと考えないとわからない言葉あそびだったり、という形で、
目の前の役者さんといっしょに、重さや難解さや複雑さも含めた、シェイクスピアの翻訳劇をつくっていく、ということなのだろう。
うーん、お芝居の翻訳は、やっぱりかなり、奥が深そうだ。


第二部は、野村萬斎さんと河合祥一郎さんのトーク。萬斎さんの人気を考えてのことだろう、
会場をさらに大きなホールに移して開会。
整理券の番号が若かったので、かなり前のほうの席に座ることができた。
こちらのほうは本当に一般向けのお話で、萬斎さんがものすごくトークがうまいということもあり、
和気あいあいと楽しく時間が過ぎた。
世田谷パブリックシアターでの「国盗人」の公演、ぜひ観にいってみようと思う。
河合祥一郎さんがこの公演にあわせて角川から「リチャード三世」の新訳を出すらしい。
そういえば安西さんは、「リア王」「ジュリアス・シーザー」に続いて、「ヴェニスの商人」を古典新訳文庫で出すと言っていたし、
研究社、白水社からも、シェイクスピアは新訳が出つづけている。
このシェイクスピア祭のにぎわいぶり、しかも若い人が大勢参加しているのを見るにつけ、
おっ、英文学もまだまだ元気なんじゃない、なんて思ったりもして。