文学×翻訳×語学(その2)

5年以上前に、上記のタイトルでブログを書いている。
http://d.hatena.ne.jp/mari777/20071216/1197795396
このとき話題にしている斎藤さん、野崎さんと、自分自身を一緒くたに語ってしまってはいけないのだが、私は私なりのレベルで、この3つのテーマがつくる三角形をいろいろな形に作りかえながら生きてきたように思う。いちばんつきあいが長いのはもちろん「文学」で、子どもの頃からずっと、日本海外問わず、小説や詩を読むのが好きだった。将来に役立つとか受験に有利とか考えたことは一瞬もなく、ただ楽しいから、おもしろいから読んできたのであって、多少見栄を張って背伸びして読むことはあったとは思うけれども、何かの力をつけたいとか、誰かに何かをアピールしたいというような欲望とは全く無縁だった。大人になってから、そのような理由・目的をもって文学作品を読もうとする人が少なからずいることを知ったときには、ほんとうに驚いた。ただ、自分が好きなものをみんなが好きとは限らないので、他人に強要しようとは思わない。抵抗するのは、子どもが文学と出会う貴重な場である国語の教科書から文学を排除しようとする人々に出会ったときくらいだ。それも、最近はやや弱気だけど。


「語学」については、ここではとりあえず「英語」に限定すると、テニスに夢中だった中高生のころは、あまり得意ではなかった。英文科に入ったものの、英語力という意味ではクラス30人のうちのビリかビリ2くらいだったと思う。さすがにまずいと思って、大学4年間、アルバイトでためたお金をつぎこんで英会話教室に通った。が、縁故で入った商社は帰国子女がわんさといる会社で、ここでも英語力はたぶんビリグループ。翻訳学校に通い始めて、訳文はまあまあ褒められることもあったけれど、やはり英語力は全然足りない。商社OL時代の貯金と退職金をはたいてイギリスに短期留学して、必死に勉強して、まあそれなりに力をつけて帰国。某社の英語教育雑誌の編集アルバイトの仕事にありついた……と、ここまでのところ、ずいぶん英語を勉強してきた、というか、英語学習にお金をつぎこんできたのだけれど、実際は仕事で英語を使うということは、ほとんどなかった。もちろん、翻訳家の仕事は、基礎となる語学力がなければ成り立たないものなので、長年の努力は無駄にはなっていないわけだけれど、少なくとも20代までは、「語学力をつけて仕事に役立てたい」という気持ちが強かったなあと思う。留学時代は楽しかったし、英語を学ぶのがものすごくつらかったらたぶん続かなかったと思うけど、「文学」のように将来のことなどを考えずに、ただただ好き、というのとはちょっと違っていた。


そんなふうに考えていくと、「翻訳」はちょうどその中間、訳すことじたいが楽しい、という側面もあったけど、職業翻訳家として印税をもらって生活できるようになりたい、という欲望もあった。翻訳学校に7年通ったから、ずいぶんお金もつぎこんだ。7年分の授業料くらいは、印税・翻訳料をもらったんじゃないかなあ、とは思うけれど、翻訳だけでは食べていけなかったのだから、「仕事」としては割にあわないもの、翻訳の作業そのものが好きじゃなかったら絶対続かないものであるのは間違いない。このままでいいのか、という生活面の不安を感じ始めた30代後半に、「翻訳の仕事を続けながら翻訳書の編集をしないか」と誘われ、すっかりその気になっていたのにその話が頓挫。生活の不安を解消すべく、別の出版社に入って教科書編集者となり、きっぱりと翻訳の仕事はやめた。


6年前のブログ記事は、そうやって教科書編集者となったものの、担当している仕事の内容や職場の雰囲気にどうしてものりきれず、かなり迷っている時期に書いたもの。その半月ほど後の翌年正月に、そうした悩みを率直に書いていた。
http://d.hatena.ne.jp/mari777/20080108/1199816354
その後、部内の担当グループの異動で、高校生向けの本をつくるようになって、悩みは解決した。この5年間は、たまに「文学」について考える機会はあるものの、仕事でこの3つのテーマを直接扱うという機会はほとんどない、という生活。でも、そのことに不満はなかった。「語学」に至っては、あれほどムキになって英語を学習したのは何だったのだろう、というくらい、すっぱりと忘れた。英語圏への海外旅行は行かないし、身近にネイティブスピーカーもいない。町で外国人を見かけたら、話しかけられないように逃げるようなていたらくとなった。「翻訳」のことはもう少し屈折していて、あきらめはついているはずなのに、翻訳学校の仲間が翻訳家として活躍をしている姿を見ると、少しだけ胸がいたんだ。


大台にのる今年、「語学」「翻訳」に近い部署に異動になったのは、奇跡に近いようにも思う。正直に言えば、この年齢で新しい職場で新しい仕事をする、というのは、結構きつい。ぎりぎり、いっぱいだ。教科書のサイクルにしたがってあと4年、前の仕事を続けていたら、正直、二の足を踏んでいたかもしれない。このタイミングで、こういう場を与えられたのだから、躊躇している場合じゃないのだ。いびつで小さな三角形かもしれないけど、とにかくこの3つのテーマを直接扱える位置まで来たのだから。