福岡のホテルにて

今日から二週間弱の九州出張。前回同様、ホテルに入ったらなるべく仕事のことは考えないように、オンオフの切り替えをしようと思っている。それに加えて、前回は韓国ドラマを延々と見続けてしまって、それはそれで楽しかったのだけれど、今回はなるべく読書とブログに時間を割いて、ここのところさぼり気味のところを挽回したいと思っている。


金曜日、阿部先生と岸本さんのトークショー紀伊國屋書店に行ってきた。会場直後は少し人が少ないかなーと思ったのだけれど、開始時間には用意された椅子はすべて満席、スペースを取り囲むようにして立ち見の方もいて、盛況となった。


阿部先生は、ご自分の著書の宣伝だというのに、自分がインタビューされる側になるのは落ち着かないということで、岸本さんにあれこれと質問ばかりしていた。岸本さんはその質問をひらりひらりとしなやかに受けて、著書の内容にひきつけて答えるという、「わたしは十歳から成長していないんです」という自身の言葉とは裏腹に、大人の対談となった。


岸本さんがとくに取り上げていたのは、漱石「明暗」と辻原登「家族写真」の章で、まさにわたしが「しびれた」同じ箇所について、「しびれました」と言っていたのが嬉しかった。また、阿部先生が「苦手な作家」を克服するためのアドバイスをします、みたいなことを言っていたのだが、あいにく会場からは具体的な作家名は挙がらず、阿部先生の豪腕を拝見することができなかったのは残念だった。次の機会に期待したい。(岸本さんは対談の最初のほうで、漱石が苦手だ、ということを告白し、阿部先生のこの本を読んで、ちょっと克服できそう、というようなことを言っていた。)阿部先生の好きな作家はそのときの気分次第でかなり幅広いが、「いつでも読める・読みたい」作家として、佐伯一麦の名前をあげていて、ふーん、なるほど、と思った。一方の苦手な作家として堀辰雄をあげて、文庫本から部分的に朗読までしてみせたうえで、「このセリフの部分を外国人宣教師ふうに読むとこんなふうになります」と言ってぶっとび実演までまでしたのには、岸本さんはじめみなびっくりしていた。


会場の方々のどれくらいの人が阿部先生の著書および取り上げれらている作品を読んでいるのかわからないけれど、やはりこれはまずこれらの本を読んでみないことにははじまらないかな、と思った。お二人は美男美女で、二人とも聡明で大人で、ざっくばらんに語っているように見えたけれど、そのじつ、二人のほんとうの姿や本音は、しっかりとガードされているようにも感じた。たとえば亀山郁夫とか野崎歓とかが発散しているような、暗く狂気すら感じられる情熱みたいなものとは、この方々は無縁なのだろうか。あるいは、隠しているだけ?


で、トークショーのあとは、ブログで知り合った若き翻訳家の卵くんと食事に。十七歳年下の彼と話をしていると、いやでも自分が年をとったということを自覚せざるを得ない。わたしは三十代の大半を翻訳家修行に捧げて、そのことに何の悔いもないし、いまの自分の生活に大きな不満があるわけではないけれど、十七年前に目の前に広がっていた可能性の地図は、すいぶん小さくなってしまったなあ、などと思ったりもする。


土曜日は家で映画を観た。「モテキ」と「冷たい熱帯魚」という、いろんな意味で対照的な二本。どちらもそれなりに面白かったけど、出張前で気が急いていたせいか、心の中の深いところまで入ってこなかった。で、土曜日の夜から村上春樹の「1Q84」の文庫5巻6巻を読み始め、飛行機の中、福岡のホテルと読み続けて、ついさっき、読了。ふーっ。明日の朝早いので、詳しい感想は後日。春樹については阿部先生のカウンセリングを受ける必要があるかも、とだけ記しておこう。


今日から約一週間、福岡に滞在し、週末から長崎、佐賀、大分とまわり、最終日は別府で温泉につかって帰る予定。その間、なるべく毎日ブログの更新をしたいと思って、今回はアイパッド用のキーボードも持ってきた。仕事一色にならないように気をつけないと、ね。