宮崎で『イングランド紀行』を読了

恒例・初夏の出張シーズン到来。
今年も昨年同様、九州1週間と中部地区1週間の出張が入った。
偶然、同居人もこの土日に九州へ出張となったので、わたしも1日早く、土曜の朝に東京を発った。
同居人は北九州、わたしは宮崎。
仕事は月曜日からなので、この土日は一人で宮崎市内をぶらつくこととなった。


宮崎神宮に行ったり、温泉露天風呂に入ったり、アロママッサージに行ったりと、
ゆったり優雅に過ごす。
明日からは宮崎、鹿児島、八代、熊本、博多と、毎日移動なので、
ここでしっかり英気を養っておかないと。
心のビタミン、読書の時間もたっぷりあったので、
じわじわと読み進めていた『イングランド紀行』を読み終えた。

イングランド紀行〈下〉 (岩波文庫)

イングランド紀行〈下〉 (岩波文庫)

一人旅の最中に読む本としては、はまりすぎていてこわい。
紀行文の醍醐味をたっぷりと味わわせてくれる本だった。


作者自身が最終章でまとめているとおり(訳者あとがきでも触れられている)、
作者はこの旅行で三つのイングランドを見聞した、という。
古きよきイングランド、19世紀の産業のイングランド、(第一次大)戦後の新しいイングランド
情報としてこの結論だけを聞いても、何一つ得るものはない。
なにしろこの紀行文は、1934年に刊行されたものなのだから、
作者が描いているイングランド各地の風景も人も、
すべて様変わりしているはずだ。
古きよきイングランドの観光地化は進み、19世紀の産業の町は新たな都市として生まれ変わり、
機能と効率優先のアメリカ文化はしっかりとイングランドに根をおろしている。
ガイドブック的な、あるいは歴史資料的な「情報」としては、まったく役に立たない書物。
でも、このイギリスの大ベストセラーは、2011年の日本のしがないサラリーマンの心をも、しっかりととらえて離さない。
風景にしても人物にしても、作者の洞察力、描写力は抜群で、文庫本で上下2巻、結構長い文章だけれど、
息切れすることなく、高品質のまま最後まで突っ走る。
多彩な比喩を用いて、たたみかけるように雄弁に風景の美しさを描いている部分もあれば、
うらぶれた路地に生きる失業者たちの醜さを容赦なく描き出す部分もある。
荒廃した北部の町々の現状に憤慨したり、政府の役人を皮肉ったりと、政治色の強い部分もある。
イングランドへの愛と誇りにあふれ、説教調になることもある。
でも、「私の発言が説教くさいと思う読者」に対しては、
ぜひ「私と同じ旅を経験してほしい。イングランド北東部で数日過ごしただけで私の発言に納得するはずである。」と作者は言う。
ここまではまあ、普通だ。
この作者はさらに、「それでもなお、説教くさいとかセンチメンタルだとかいう手合いがいたら、
その人はマダム・タソーの館に行って、ほかのダミーと一緒にそのままの姿勢で永遠に陳列される蝋人形になればいい。」
と続けるのだ。
政治嫌い、説教嫌いのわたしでも、こんなふうに書かれたら、くすっと笑って首をすくめ、
そのまま作者の術中にはまっていかざるを得ない。
翻訳もとてもいい。訳者あとがきにあるとおり、固有名詞に余計な注などが入っていないのもいいし、
何よりちょっと古い感じの文体が作品にぴったり合っている。
皮肉や諧謔をさりげなく、でもそれとわかるように訳していて、私好み。
こうなると、この本の姉妹版だという、ミュア『スコットランド紀行』も読まなくちゃ、ね。


こんなすばらしい紀行文学を読んだあとで、自分の宮崎での1日を書きとめようとしても、
どうにも筆が進まない(ていうか、指が動かない)。
半日、宮崎市内を歩き回っただけでも、へえ、と思うことはたくさんあって、
もしわたしが「ツイッター」というのをやっていたとしたら、
いちいち「ソフトテニスやってる高校生がいる、結構うまい」だの、
宮崎神宮で結婚式の行列。新郎はまだ子どもみたいに若い」だの、
「神社の境内で鶏を放し飼いにしてる」だのと、
その時その時、おもしろいと思ったことを書き込みするのかもしれない。
いや、ツイッターなんてやっていなくても、
だれかと一緒に旅をしているなら、旅の道連れに「ねーねー」と言って、
自分の驚きや発見を伝えて共有しようとするだろう。
でも、ブログを書くというのは、そういう午前中が終わって、アロママッサージに行った午後があって、
カフェで夕食をとっている間に本を読み終えて、
ホテルの部屋に帰ってきて、さて、この一日のうちの何をとりあげて書こうかな、ってあらためて考える作業だ。
だから、1日の終わりになってみると、自分にとっては午前中の見聞も午後の体験も、
わざわざ文章に書きとめるようなことではないように思えて、
結局、書いておこうと思うのは、
フロントではさみを貸してくれたハンサムなホテルマンのことだったりするのだ。(←単なる例です。)


などということをずるずる書いているうちに、もう10時を過ぎてしまった。
明日に備えて、今日早めに寝なくては。
かばんの中には商売道具の書籍といっしょに、『ノーサンガー・アビー』をいれて。